「海外書籍出版にチャレンジ」
研究成果を世界に広く伝えたい、より多くの人に読んでもらいたい-海外出版を支援するKURAが、そのためのヒントを先達に聞きました。
2000年神戸大学法学部法律学科卒業。2002年同大博士課程前期課程修了。2003年ウォーリック大学大学院修士課程政治国際学コース修了。2005年神戸大学より博士号取得。2005年京都大学大学院法学研究科21世紀COE研究員、2008年 日本学術振興会特別研究員、2009年金沢大学人間社会研究域法学系准教授を経て、2013年より現職。専門は外交史、国際政治史。
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海外出版を思い立ったきっかけは?
もともと講談社メチエというシリーズで一般向けの書籍を刊行しており、よりアカデミックな観点から加筆すれば海外でも広い読者層が得られると思ったことがきっかけです。
どのような本ですか?
本のタイトルは、The Global Politics of Jazz in the Twentieth Century : Cultural Diplomacy and “American Music”で、ジャズ音楽を政治外交史および文化史研究の観点から扱った本です。
この本の主なトピックは、冷戦下における米国の「ジャズ外交」ですが、同時に冷戦前後を通したジャズの政治史でもあります。ご存知かもしれませんが、冷戦時代、ジャズは米国のある種「音響兵器」としての役割を担っていました。その目的は、世界に米国の自由と民主主義を宣伝することにありました。そのため、デューク・エリントン、ルイ・アームストロング、デイブ・ブルーベックなど名だたる演奏家が、世界中に「ジャズ大使」として送り込まれたわけです。彼らのミッションは、1950年代から60年代の米国における人種問題などネガティブなイメージを払拭することでもありました。本中では、この「ジャズ外交」が内包する矛盾を明らかにしたほか、日本や欧州、旧共産圏など米国の外でのジャズ・シーンの発展も描いています。それにより、国家権力が展開したジャズ外交の効果というものに光を当てようと思いました。さらに、ジャズを巡る比較政治分析により、ジャズが異なる社会的文脈でどのように政治的に位置付けられてきたか、ということも明らかにできたのではないかと思っています。
とても面白そうですね。日本語の書籍を翻訳するに当たって、注意された点などありますか?
もともと日本語版は講談社メチエ・シリーズから刊行されたものですから、学術書よりも少し一般の読者を意識した書き方をしていました。英語で出版する際には、学術書として出したかったので、序章などは既往研究との違いや学術的独自性、新たな発見などを追記してだいぶ書き直しました。ただ、本全体を通しての構成や議論などはほとんど変えていません。くわえて、後で触れますが、英文出版のプロポーザル(Book proposal)を提出すると同時に、講談社の担当編集者にも連絡し、翻訳に関する許可を取りました。日本語版の出版社から翻訳出版に関する許諾を取り付けるのは著者の責任です。出版社によって対応は異なるかと思いますが、私の場合は、編集者が社内の法務部門に問い合わせてくれ、比較的短期間で許可を得ることができました。
出版までの道のりは長かったですか?
最初に出版について学術研究支援室(KURA)に相談してから、Routledge社から書籍が刊行されるまで、1年半かかりました。同社の担当編集者からは、これは早い方だと聞いています。表に出版までの工程を時系列で整理してみました。ちょうどKURAでも海外出版の支援をスタートした時期だったようで、KURAを介して編集者を紹介してもらったのが2018年の7月でした。まず、プロポーザル案を送り、その後メールでのやり取りを経て、2ヶ月後に正式にプロポーザルを提出しました。
プロポーザルにはどんなことを書くのでしょうか?
プロポーザルでは、書籍の仮タイトル、概要、目次、関連する他の著者による既刊本のリスト、原稿提出予定日、想定される総ワード数、連絡先などを記載しました。プロポーザルは通常、それほど長いものではなく、私の場合は7ページでした。同社の基準では、4ページ以上10ページ以下となっているようです。同時並行で、先ほど触れた翻訳に関する許可なども得ました。
正式なプロポーザル提出までに2ヶ月の時間を要したのは、主にサンプルチャプターを作成するためでした。プロポーザルには2,3章のサンプルチャプターを添付することが求められますが、私の場合は、序章と第6章をサンプルとして提出しました。
プロポーザル提出後は、どういうプロセスがあるのでしょうか?
まずプロポーザル案の段階で、出版社内でレビューされ、出版に値すると判断されてから正式なプロポーザル提出となります。そしてこの正式なプロポーザルの提出後、ピアレビューのプロセスが始まりました。通常は2ヶ月ぐらいかかるようですが、私は2人のレビューアーからのコメントを5週間後に受け取りました。最初のコメントは比較的ポジティブなものでしたが、2人目のコメントは若干批判的な内容でした。いずれのレビューに対しても返答を慎重に書いて送りました。そこから、Routledge社の中で、出版委員会に諮られ、そこで出版可能かどうか議論がされたようですが、最終的に契約書を提示されたのが10月半ばでした。
そこから執筆が始まったのですね。執筆にはどのくらいの時間を要するのでしょうか?
著者最終稿を提出するまでに6ヶ月かかりました。この間に私の場合は翻訳にかかりました。また、この時点で取り組むべき重要な作業として、著作権を有する資料の使用許諾取り付けがあります。他の著作物から引用する長いテキストや写真、歌詞には、適切な引用のプロトコルに従った上で、許諾を取る必要があります。私の場合は、写真や歌詞を使うのはやめ、演奏家の手紙などのみ、遺族から使用許諾を取りました。すべてEメールでのやり取りでした。
著作権許諾の取り付けも著者の責任になるわけですね。
英語での出版をお考えの方は、英文校閲で悩まれますが、先生の場合はどうされましたか?
自分で翻訳した後の校閲にあたっては、同じ研究分野のPhDを持つオーストラリアの友人に頼みました。レートは大学の英文校閲単価を使いました。事前に、民間の学術翻訳・校閲会社で見積もりを取った際は、85,000ワードの私の本の場合で50万円ほどでした。結局、その友人に依頼し、学内の運営費を使いましたが、学内レートだと70万円ほどかかりました。ただ、校閲会社だと、ある程度は専門領域を考慮してもらえるかも知れませんが、専門用語の扱いや細かい言葉の選び方の点で、やはり多少高くなっても、自分と同じか近い分野の関係者に頼めればそれが一番だと思います。
原稿を提出した後は、どのようなプロセスでしたか?
自分で校閲者を雇い、原稿を整えて出版社に提出したら、今度は出版社側の校閲が始まります。原稿はほぼ完全に整ったものを提出しているので、出版社側の校閲作業では、スタイルの統一、細かい文法上の修正、適切な語彙への修正など微修正のみでした。一部明瞭でない文章に関して質問を受けることもあり、それに対して逐次返答もしました。原稿を提出した3ヶ月後、6月にタイプした校正ゲラをPDFで受け取りました。この時点では、微修正のみに限られたのですが、重要な事実上の間違いの訂正などは入れられました。その後、出版社側の校閲者がこの修正を入れた第2稿がPDFで送られてきました。この段階では、索引の作成も必要となります。ここでアシスタントを雇えばよかったのですが、自分でやったのでかなり煩雑な作業となり、結果的に10日間を費やし、あとで後悔しました。そうやって、最終的に本が完成したのが9月です。
プロポーザルを提出してからわずか1年で完成したわけですね。それはずいぶん早い方、ということなのですね。
はい。KURAに相談した時期から考えても1年半なので、ずいぶん早いほうだと思います。分野にもよりますが、日本語で研究書を刊行しても、国際的には気づかれないことが多くあります。これまでずっと、それはもったいないことだと考えていましたし、海外出版によって、自分が進める研究の国際的な承認度も上がったように思います。実際に出版までのハードルは当初の私の想像ほど高くありませんでしたから、海外出版を積極的に検討される方が増えれば嬉しく思います。
ご経験にもとづく詳細な情報をありがとうございました。
*2020年7月6日セミナーでの講義・質疑応答をもとにインタビューとして再構成したものです。
https://pubs.research.kyoto-u.ac.jp/book/9784062586528
https://pubs.research.kyoto-u.ac.jp/book/9780367182984
http://www.kura.kyoto-u.ac.jp/act/400/