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2020/03/26

社会的インパクトへの着目が拓く、研究促進につながる研究評価の可能性

研究成果の社会への還元や社会課題の解決が求められるなか、社会的要請や要求に研究を寄せていくのではなく、人文社会科学研究や基礎研究の裨益を社会にどう伝え、訴えていくのか。「研究の社会的インパクト」に着目することで新たな研究評価のかたちを模索しているエリクル・シグラソン氏にうかがった1
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アイスランド大学人文学研究科研究部長エリクル・シグラソン

アイスランド大学人文学研究科研究部長。欧州連合がサポートするCost Actionの一つ、「人社系研究評価のための欧州ネットワーク(ENRESSH)」における「社会的インパクトと人社系研究の意義」グループの一員として、社会的意義が伝わりにくい人文学研究の社会的インパクトなどについて発信している。

エリクルさんが研究されている、研究成果の社会的インパクトの考え方について教えてください。アイスランドの人口は日本の約20分の1ですね。そのアイスランドで研究の社会的インパクトを考える際に、どの範囲の「社会」を想定していますか。国内か欧州か、それとも世界なのか。日本の場合、おそらくほとんどの研究者が日本社会へのインパクトを考えると思います。

エリクル・シグラソン:まず、社会的インパクトと科学的インパクトとを分けて考えましょう。科学的インパクトはローカルに限定されません。たとえば、中世アイスランドの歴史の研究やアイスランドの文学の研究は世界各地で行われています。特定の地域の事象や時代に関する研究でも、グローバルに学術的なインパクトを与えることはあるでしょう。

社会的インパクトに関して言えば、通常は国内の地域コミュニティを想定しています。国内の特定の場所を対象とする研究の場合には、より小さなコミュニティをインパクトの対象に想定することもあるかもしれません。社会的インパクトについて考える際にどの社会を想定するかという問題は、成果の公表に使われる言語にも関係します。他の多くの国々と同様に、アイスランドでも英語による出版が盛んです。アイスランドの大学では、母国語よりも英語で出版するほうが、より高い評価を得る仕組みになっているからです。それでも、いまだに多くの研究者がアイスランド語で研究成果を出版していますし、多くはないですがアイスランド語で博士論文を書く人もいます。

研究者を目指すアイスランドの学生は、国外に出る傾向がありますか。

エリクル・シグラソン:人口が85万と少数で高等教育機関も少ないので、私も含めて国内の大学のほぼすべての教員、研究者が国外で学位を取得しています。その意味でアイスランドのアカデミアは国際的だと言えますし、国外に多様な協力関係を築けています。

アイスランド国内での博士課程プログラムはまだ新しく、国内で博士号を取得した研究者を採用し始めたのは15年か20年ほど前からです。近年では、博士号取得後にポスドクとして研究を続けることも可能になってきています。

アイスランドにおける研究評価・教員評価の現状と行方

研究評価・教員評価システムについて教えてください。日本では大きな関心を集めて議論がされていますが、アイスランドではどのような評価の仕組みが採用されていますか。

エリクル・シグラソン:アイスランドには2つの評価システムがあります。1つは国によるシステムで、高等教育の質を評価するものです。5年ごとに、アイスランド中央研究評議会の中核機関であるアイスランド研究センター(The Icelandic Centre for Research)によって実施されています。実際に評価を行うのは、アイスランドの文部科学省によって任命された国際的なメンバーからなる委員会です。

それは個々の教員の評価をするものですか。それとも機関評価でしょうか。

エリクル・シグラソン:委員会は大学全体についての報告書を出しますから、その意味で最終的には機関評価です。しかし、その評価のために各教員が自己評価レポートを提出するので、個人評価の意味合いもあります。

国による評価とは別に、研究についての学内評価があります。すべての研究者は毎年1月中旬までに、前年に刊行したすべての出版物、実施した研究発表、社会貢献活動などについて詳述した研究報告書を提出して、それに応じて評価ポイントを得ます。たとえば、国内のトップクラスのジャーナルに論文が掲載されると5~15ポイント、インパクトファクターの高い国際ジャーナルなら20ポイント、ケンブリッジ大学出版局やオックスフォード大学出版局など、大手出版社から学術書を出せば最大100ポイントが獲得できます。ちなみに、お招きいただいたワークショップで私がした発表は3ポイントになります。(笑)

お役に立てて何よりです。(笑)

エリクル・シグラソン:アイスランド大学の人文科学分野の教員の平均が年間約35ポイントですから、私たちはすくなくともそれを上回るポイントを得る必要があります。

毎年9月には、研究ポイントに基づく報酬、ボーナスが支払われます。かなり直接的なインセンティブで、個人の行動に強い影響を与えます。しかし、何をすればどれだけポイントを得られるかを明確に示したリストがあって透明性が高く、人文科学でも多くのポイントを獲得できるので、悪いシステムだとは思いません。ただし、たとえば語学の教員や研究者や、教育を中心に行う教員はポイントを獲得しづらいという面はあります。もともとアイスランド大学は教育中心の大学でしたが、数十年前に研究大学へと変えることになって、出版や投稿のインセンティブとしてこのシステムを採用しました。結果として出版物も被引用数も増えたので、一定の功を奏したと考えられます。

もちろんこのシステムにも問題はあって、どうしても評価制度に沿った行動をするようになりますから、社会にとってより有益な他の活動から研究者を遠ざけてしまう可能性が指摘されています。また、このシステムで付与されるポイントが他の目的に使われてしまうことも問題です。たとえば、博士課程の学生が大学内で資金獲得を申請するときには、指導教官が獲得している評価ポイントが影響します。大学から学部への資金も、かなりの割合が評価ポイントに基づいて分配されますから、研究の仕方に影響を及ぼします。そのため大学では、このポイント・システムの規模を縮小しようとしています。

とはいえ、アイルランドでは、教授会(Association of Professors)と大学講師会(Association of University Lecturers)が財務省と雇用契約を結んでいます。この評価システムはこの契約の一部に含まれているため、大学が独自で変更することはできません。また、研究者の多くは現行のシステムに賛成で、縮小したとしても廃止はしたくないと考えていますから、しばらくは現行のシステムのままかもしれません。

研究ネットワークENRESSHの組織と活動

エリクルさんが参加されている、人文社会科学の研究評価を考えるプロジェクト「European Network for Research Evaluation in the Social Sciences and the Humanities(以下、ENRESSH)」について説明していただけますか。

エリクル・シグラソン:ENRESSHは、ヨーロッパにおける人文社会科学の研究評価や、研究の社会的インパクト等について研究する人びとのネットワーク・プロジェクトで、人文科学系の研究者たちによって創設され、運営されています。URAなどの実務者も参加していて、このネットワークを活用して仕事をしています。

ENRESSHでは複数のグループが活動しています。たとえば計量書誌学のグループは、学術書による業績を研究評価にどう取り入れるかなどの課題に取り組んでいます。出版物の言語について研究するグループでは、英語ではなく研究者それぞれの自国語での出版を尊重する「ヘルシンキ・イニシアチブ」と呼ばれる提言を出しています。いずれも人文社会科学研究にとって価値ある重要な仕事です。

若手研究者に焦点を当てている特別グループもあって、人文社会科学分野において、若手研究者がどのようなキャリアを積むことで社会的に認知されるのか、それを阻害するものは何かについて、測定基準と社会的インパクトの視点から研究をしています。

測定基準とキャリアは密接に関連する問題ですね。エリクルさんが所属する社会的インパクトについて研究しているグループでは、具体的にどんな成果が出ていますか。

エリクル・シグラソン:我々のグループでは、人文社会科学における社会的インパクトに焦点を当てて、研究事例を集めて検討しました。ほとんどは社会科学の事例でしたが、人文科学からも一定数を集めて、集中して議論しました。それに基づく論文もいくつか刊行されています。1つは社会的インパクトの経路(pathways)に関するものです。他には、インパクトの受容について東欧と西欧を比較した論文もあります。つまり東欧のようにインパクトをめぐる議論がまだそれほど進んでいない国々と、西欧のようにインパクトを受け入れ、人びとがそれに慣れている国々との比較です。現在は北欧を対象にした社会的インパクトの研究もしており、他にも多くの論文が刊行される予定です。

ENRESSHは政策決定への関与があるのですか。

エリクル・シグラソン:ENRESSHは、欧州連合の基幹プログラム内の資金調達スキームであるCOSTの資金を得ていますから、欧州連合の一部であるとも言えます。ENRESSHの目的の1つは政策提言の作成です。特定の分野に取り組むヨーロッパの研究者をネットワーク化して研究を収集し、それをもとに国際間比較をする。その最終的なアウトプットには、欧州連合の政策に寄与する成果が含まれているべきであるという位置付けです。

研究成果を政策に反映するための調整を行うコーディネーターがいるのでしょうか。

エリクル・シグラソン:その調整や仲介も我々のプロジェクトの一部だと言えます。ENRESSHは、ヨーロッパにおける研究資金提供などの基幹プログラム活動のなかで人文科学と社会科学をどう位置付けるべきかを提言し、人文社会科学の貢献を評価する方法について進言します。私は直接関与していませんが、政策決定よりは少し下のレベルに焦点を当てて、具体的に適用可能な施策を提案しているはずです。基幹プログラムの運営や、研究評価について実際に考えている人びとは、確実にENRESSHのターゲットです。

たとえば、現行のシステムでは適切に評価することが難しい成果の一例として、学術書が挙げられます。我々が考えているのは、学術書による成果発信を、研究資金申請時と申請後の評価に含める具体的な方法を提示することです。そして社会的インパクトに関しては、2017年にアントワープで開催されたENRESSHカンファレンスでの発表に基づいて我々が論文を書きました。それが『Research Evaluation』に特集として掲載され、2019年に刊行されます。こうした内容を含んだ提言を、ENRESSHで政策に関わるグループが欧州連合の基幹プログラムの担当者に提出して、ヨーロッパにおける研究資金とイノベーション資金の提供や、インパクト評価に取り組む関係者に働きかけると思います。

そうした働きかけが生み出した具体的な施策として思い浮かぶ事例はありますか。

エリクル・シグラソン:現段階ではありませんが、ENRESSHで政策に関わるグループは、ブリュッセルで積極的に活動しているはずです。

我々が彼らと仕事をしていて1つ心配なのは、彼らの議論では社会科学のみに焦点が当てられる傾向があることです。おそらく研究評価に関わる人文社会科学系研究者のほとんどが社会科学者だからでしょう。人文科学者としては、若干ではありますがある種の疎外感を覚えることもあります。もちろん全体としては気持ちよく働ける環境なんですけどね。(笑)

議論の焦点を測定基準から「研究の何が良いのか」に移す

現在の研究評価をめぐる様々な問題は、評価の手段が目的化してしまったために起こっていると考えられます。つまり成果指標の達成が研究の目的となってしまい、研究構想もそれに応じて萎縮する傾向にある。そもそも研究評価においては「資源配分を目的とした評価」と「質の高い研究を促進する評価」とがあって、両者の間にはギャップがあると言われます。研究を阻害するのではなく、研究を促進する研究評価を実現するにはどうしたらいいとお考えですか。

エリクル・シグラソン:まずすべきなのは、我々が研究成果の評価を問う際に、問いの優先順位を正しく理解することです。これはJerry Z. Mullerの著書『The Tyranny of Metrics』で詳しく分析され、説明されています。焦点を指標と測定基準から、「私たちが行っていることの何が良いのかを問う」ことへと移すのです。

なぜなら、測定基準と指標が適用できるのはごく一部で、多くのケースでは使えません。議論の優先順位が測定基準と指標にある場合は、それにそぐわない研究の貴重な側面を無視する、あるいは失うリスクを冒すことになります。ですから、まずは「研究者がしている研究の良い点は何か」という問いに焦点を当てる。そして、「行っている仕事の方法と品質をどう評価するか」、「測定基準と指標を適用できるかどうか」という議論をします。単純にすべてに指標を適用するのは時間の無駄ですから、優先順位を現在と逆にすることが重要です。

そして、研究を、①「ある種の測定基準やツールが使用できる分野」、②「ピアレビューを必要とする分野」、③「①②の方法を使用できない分野」──つまり「私たちが実際に社会に望むものは何か」といったインフォーマルな形の議論などしか残されない分野とに分けます。この③の研究について、マーサ・ヌスバウムの「ケイパビリティ(潜在能力)」論などを適用して、社会的インパクトについて議論する2。これこそ私たちが最初に実践すべきもっとも効果的な手法です。この議論は避けて通るべきではありません。「人文科学は社会にとって価値があり有用である」ということについて、人文科学に携わる者が自らの言葉で、自身の声を発して説明できるようになる必要があります。

測定基準や評価指標から議論の焦点を移すという取り組みは、研究を促進する研究評価の実現に向けて役立つと思います。自分の研究を表現するという基本に戻るということですね。

研究評価におけるURAの役割とは

研究評価においてURAに求められる役割とはどのようなものでしょうか。

エリクル・シグラソン:立場や場合によります。あなたがリサーチ・アドミニストレーターとして研究資金申請書の作成を支援していて、資金提供機関が「研究が社会に有用だ」という説得力のある論拠を求めているなら、あなたの役割は、研究者の取り組みの社会的インパクトを理解し、それを記述することで彼らを的確に支援することだと思います。インパクトに関する議論を少しでもフォローしていれば、より適切な用語で社会的インパクトを表現できるでしょう。

私の経験から言うと、研究者自身は社会的インパクトという問題を狭く理解する傾向があります。インパクトを説明するように求められた場合、「どんな経済的利益をもたらすか、政策にどんな影響を与えるのか書くってことだよね」と言う人や、「私はアイスランドの中世文学を研究しているのであって、経済を変えるようなことはしていない」と頭ごなしに否定する人もいます。URAの役割の1つは、社会的インパクトについてより広い文脈で理解し、研究者がその研究をより広範な層に説明できるよう支援することだと考えます。

そして、あなたが理系中心の研究機関で人文系研究に特化して働いているなら、その研究機関の方針決定に関わるレベルで、人文科学が生み出す社会的な善に関する議論を続けることです。人文科学への資金提供や支援が打ち切られたり削減されたりしたら、その研究機関にとって何が失われてしまうのかについて発信することですね。

また、私はアイスランドの人文科学分野の博士課程の学生と働く機会がたくさんありました。もしあなたの業務でもそうした機会があれば、若い研究者、キャリアの初期段階の研究者と一緒に研究についての考えを発展させ、議論を練り上げるアイデアを支援し、彼ら自身が気づいていない課題に気づかせてあげることもできるでしょう。

若手研究者が研究以外の道に進む場合でも、自身が研究してきたことを表現する際に、社会的インパクトのアプローチを使って考えてみることは有効だと思います。

エリクル・シグラソン:そうです。「あなたは個人として教育を受け、論文を書き、研究者としてのスキルを確立した。その社会的便益は何か」と問うこともできます。個人的な成長だけではなく、周囲の人びとの能力開発にもつながるような、他の文脈でも使うことができるスキルが開発され、またそのスキルが獲得されなければ、社会にとって損失になりますからね。

聞き手:佐々木 結/神谷俊郎/アーロン・ヴィットフェルト(京都大学学術研究支援室);2019年5月22日インタビュー

1インタビューは、2019年5月21日にエリクル・シグラソン氏を招いて開催したワークショップに合わせて実施した。ワークショップについてはWebサイトを参照。

2議論を進める具体的な方法については、KURAが開催したエリクル・シグラソン氏によるワークショップのイベント・レポート発表資料を参照。