A研究・教育活動に関すること
A-1 研究を深めたい!
2019/04/04

解決のヒントをくれるのはこの人!

京都大学には情報環境機構という研究者を支える組織があります。一研究者が着任してから退任するまで関わり続ける、教育と研究における情報ネットワーク環境を改善、運営している組織です。情報環境機構長を務める喜多一先生は、長年にわたり研究者と研究環境の関係に向きあってこられました。そんな喜多先生に、最近の研究費の使い方について、ご意見を伺いました。

国際高等教育院・教授、情報環境機構・機構長、学術情報メディアセンター教授喜多 一 教授

喜多 一 (きた・はじめ)
京都大学工学部電気工学科卒業。同大学院工学研究科
電気工学専攻博士後期課程研究指導認定退学。工学博士。
京都大学工学部助手、東京工業大学大学院総合理工学研究科助教授、大学評価・学位授与機構教授、京都大学学術情報メディアセンター教授を経て、2013年 より京都大学国際高等教育院教授、2016年より情報環境機構長を兼務。
国際高等教育院の教員として教養共通教育における情報教育に従事するとともに、情報環境機構が提供するサービス全体を統括。教育への情報通信技術の利活用、情報教育、社会シミュレーションの研究に従事している。

技術革新によって変わった研究環境

喜多先生は長年、本学の情報基盤整備に関わっていらっしゃいますが、長年見ているからこそ感じる研究環境の変化はありますか。

喜多:ここ30年くらいの間の技術革新によって、研究とお金の関係がずいぶん変わったと感じています。
まず私が助手をしていた頃と比べると、技術革新が進んだことで、研究のスタイルが大きく変わりました。例えば、私の専門のシステム工学分野だと、昔は大型計算機センターにお金を払ってコンピューターを使わせてもらっていた時代もありましたし、300万円もするワークステーションを買って研究をしていた時代もありました。でも気づいたら、同じ研究を10万円のPCでできる時代になっていました。また以前ならプログラムの実行を大型計算機に投入して結果が出るまでの丸一日間は考える時間に使うことができました。しかし機械の応答時間がとても短くなり、長時間待つこともなくなりました。むしろ機械のほうが研究者を待つ時代になったのです。もちろん、スーパーコンピュータを用いた研究のように機械の性能が研究のレベルそのものに大きな影響を与えるため、お金をどんどんつぎ込んで、より性能の高い機械を使ってより困難な問題に挑戦してゆく分野もあります。実験中心の研究分野だと実験方法の高度化にキャッチアップしてゆくために経費が必要な分野も多いかと思います。
また、情報通信環境を中心に大学の研究インフラがある程度整ったことで、教育や研究に必要なネットワークなどをセットアップするのに必要なサービスが、大学から個々人へ提供されるようになったことも大きな変化です。私が若い頃は、LAN やサーバの整備などは技術職員も含めて、みんなの為にひと肌脱ごうじゃないかという人がいて、私の場合だと学科内のネットワーク環境を改善するために、実際にケーブルを持って学科中を走り回っていました。そのおかげで学内のいろんな人と知り合いになり、事務職員や技術職員の方々とも繋がることができました。今では環境が整ったおかげで教員がこのように「走り回る」必要性はもうなくなってしまったわけですが、実は走り回って人々を繋げることは、互いのナレッジを交換するインフラの機能も果たしていたんです。じゃあそのなくなってしまったナレッジ・シェアの恩恵を今は何で補完するのか。これは、見えにくいですが現在の大学の研究環境にとっての大事なテーマではないかと思います。

ナレッジ・シェアがうまく流れていない

研究機器の性能があがったことや、大学の研究環境が整備されたことはいいことのように感じますが、デメリットもあるということでしょうか。

喜多:このような状況はもちろんいいのですが、私自身は、弊害も出てきていると感じています。
資金に困ることがなく、機械やネットワークサービスといった研究インフラが初めから整っている環境にいるせいで、研究プロセスを改善するためのお金の使い方において「創意工夫」する必要性を感じにくくなっているのではと思います。「創意工夫」とは、お金を使って誰かに頼む必要があるかどうか、誰にどのように頼むのか、本当に買う必要があるのかどうか、など自分でできる部分と人に頼る部分、そして他人とシェアすべきものの「仕分け」のことであると私は思います。人が律速になる時代ですから、「仕分け」の判断は研究のマネジメントにおいて重要な要素になっています。物を買うお金と人的リソースの最も効果的な組み合わせを考えれば、そのトータルであるいわゆる研究コストを効率化できるのではないかと思います。ナレッジ・シェアの機会が自然につくれていた頃は、この「仕分け」の判断に必要な情報をうまく集めることができていました。そして、そうした「創意工夫」「仕分け」を通して、さらなるナレッジ・シェアが進んでいきました。今は、インターネットで情報を集めることは容易になりましたが、周辺の人と話す機会は減っているかもしれません。

研究プロセスに問題意識をもつこと

研究コストの効率化に汲々したり、ナレッジ・シェアにかける時間そのものが、新たなコストアップになりませんか。

喜多:研究コストの効率化のよい例になると思いますが、青色発光ダイオードの発明でノーベル賞を受賞された中村修二さんは実験機材も自分で作られたという記事を読んだことがあります。私は専門が異なりますが、研究を加速するには何が制約になっていて、それが装置なら、どうしたら装置をつくれるのか、またそのスキルはどうやって身に付けるのかといったことを考えることは他の分野にも通じるのではと感じました。研究を支えてくれるビジネスの研究への関与の仕方も広がっています。今では研究開発に使う部品なども1個でも買える通販ビジネスも行われていますし、私の友人は開発試作そのものをビジネスとしてやっていたりします。こういった試作では、経験のある業者の提案として、その知恵を大学側で利用させてもらうことも少なくありません。やってみるまでわからないということは本当に多いですから、そのためにも研究には色々なパートナーがいてしかるべきだと思います。お金の使い方は、どうしても研究室で徒弟制度的に踏襲されがちですけど、他の研究室がどのようにしているのかもうまく勉強する機会があるといいと思っています。このように積極的にナレッジをシェアできるようになると、解決できることも多いのではないでしょうか。
それから、研究コストの効率化は、「研究成果」ではなく「研究プロセス」に対するオリジナリティを大事にするということに直結していると思います。最近の学生を見ていると、研究成果のほうのオリジナリティを最初から自分でつくろうとする人が多くなりました。私たちの学生時代は修士ぐらいまではあまりオリジナリティなど気にしなくって先輩方の先行研究の上に自分の研究を積み上げた方が楽だと考えていましたし、先輩の研究の下働きをしながら、いろいろ議論もするなかで自分の研究成果は自然に生まれてきました。今の学生は自分探しに必死になり、そのせいで苦しんでいるようにも思います。また、技術革新のせいで研究の進むスピードが早くなっていますが、それに合わせて、機械に使われるように人間の働いている時間が増え続けている、ということにも疑問を持ってもよいのではないでしょうか。

喜多:私自身の例でいうと、全く異なる分野の研究者と20年間も続けている共同研究があります。それぞれが少しずつ、科研費などを獲得したりして、細々と継続してきました。初めの5年くらいは成果が出なくてもいいけど面白そうだという気持ちで、他分野のことも勉強しました。情報技術をその分野で使ってもらうテーマなのですが、共同研究で論文が書けなくても、そこで得たシステム作りの勉強が自分たちの研究に反映されるだろうと思ってやっていました。情報技術はいろいろな分野と連携しやすいという面もありますが、成果ありきでないような、取り組みかたから得るものも大きいと感じています。
自分の研究プロセスに対して、常に問題意識をもって、解決を図るために仲間と一緒に問題をシェアするのがいいんじゃないでしょうか。

コストが全くかからないということはない

今日のお話は、「研究コスト」の効率化に向き合うことで、そのプロセスで知見を得る機会も増えるというお話しだったと思います。一方で、そもそも時間をかけて申請書を書いてまで資金を得る必要性を感じないという研究者もいますが、喜多先生はどうお考えですか。

喜多:確かに、私の分野のように、自分ひとりで研究を進めるのにあまりお金がかからなくなった分野はあります。研究成果を発表するための海外渡航費くらい必要だろう、と言われるかもしれませんが、研究成果の発信だけなら、わざわざ海外で発表する必要がない場合もあります。その一方で、共同研究を行うための研究グループを作ったり、研究テーマそのものを広く知ってもらったりするためには、それなりの費用がかかります。
また、研究成果を高いクオリティで発信するためのコストは、どの分野にもかかってきますし、そのためのコストはある程度見込んでおくべきだと思っています。最近は忙しい教授が増えたことや、形式的な成果が求められることから、大学院生や若手教員の推敲が不十分で、十分に書けていない論文の投稿も多くなっている気もします。これがすべてボランティアをお願いする査読者の負担になるのです。お金をかけることで発信のクオリティをであげることができるなら、そこには投資するべきだと思います。校閲にお金をかけたり、学会などの講習会で論文の書き方を学んだりするなど、クオリティをあげるためにできることはたくさんあるように思います。尊敬する研究者を訪ねて行って話を伺ってもいいかもしれません。

喜多:研究プロセス全体にわたって、問題意識をもち、色々な人たちと共有できるようにアンテナを張ること、これが研究コストの効率化の基本姿勢ではないかと思います。

2018年12月15日
( 聞き手 仲野安紗 )