D研究者のキャリアに関すること
D-1 海外経験を積みたい!
2019/04/03

解決のヒントをくれるのはこの人!

文部科学省内には研究所があります。そこに在籍し「一連の大学改革と教授の多様性拡大に関する一考察~研究者の属性と昇進に関するイベントヒストリー分析」1、「成果の空白期間が研究者のキャリアに与える影響」2といった研究成果を発表されている方がいます。研究者データベースや特許情報を使った、定量的分析でありながら、イベントヒストリーという個々の研究者が意思決定にどう意思決定したのかを蓄積するという動的なデータを扱っておられます。日本におけるポジション移動やキャリア形成についての現状の課題を伺いました。

NISTEP 第2調査研究グループ藤原綾乃 研究官

藤原綾乃(ふじわら・あやの) 文部科学省科学技術・学術政策研究所(NISTEP)主任研究官。東京大学大学院工学系研究科修了。知的財産研究所特別研究員、大阪大学大学院国際公共政策研究科助教を経て2016年より現職。研究者データベースから分析可能な1万1901人分をもとに、性別や業績などが教授昇進にどう影響するかを調査。「一連の大学改革と教授の多様性拡大に関する一考察~ 研究者の属性と昇進に関するイベントヒストリー分析~」を科学技術・学術政策研究所 DISCUSSION PAPER 144(2017年3月)として提出。『技術流出の構図 ~エンジニアたちは世界へどう動いたか~』(2016年出版)「失われた20年」では東南アジアの技術力の向上に大きく貢献した一方で、日本の電機産業の地盤沈下につながった人材の流出を防ぐだけでなく、海外拠点でのイノベーション創出や、外国人材を活かしたR&D(研究開発)体制のあり方などについて分析している。

海外経験は研究者として生き残るうえではプラスに働かないのか

学術研究支援室では2年間3期に渡って、京都大学に新たに着任された研究者の方々への訪問ヒアリングを行いました。企業から来られたり、海外から来られたりという方々が想像以上に多くおられて、皆さん日本の大学での最初の実績づくりやネットワークづくりに課題を感じているようでした。一方、これから日本を出て、海外で研究したいという希望をもつ研究者もおられます。OECDの年間報告によれば、日本へ海外から入ってくる大学生と海外へ出ていく大学生の、大学生総人数に対する割合はOECD加盟国の中でも極端に少なく、人の多様性という面では、日本の研究室は諸外国と比べて少ないことが想像できます。研究者の方々とお話をうかがっても、国等の施策的には、研究者にもっと海外経験を積んで欲しいというムードはありますが、研究者自身は「しかし一度日本を出たらどうなるだろうか」という肌感覚の疑問を持っています。そして、実際に藤原さんの分析では、ポジションの移籍回数が多かったり、海外経験があると昇進しにくくなる、というような結果が出ています。そして、そうであっても日本を飛び越えて移動したり、産官学間で移籍することは研究者にとって有益であるとおっしゃっておられます。それには、どんな背景が考えられるのでしょうか。

藤原:若い研究者は、戻ってくる場所がないから行きたくないというぼんやりとした恐怖心を持っていますよね。海外に行っても大丈夫、という環境を作ることは大切だと思います。けれども私が実施した調査では、海外経験が研究者として生き残るうえでプラスに働かないという結果が出ています。ただし、この結果は分野別での整理なので、大学のレベル感に基づく整理が必要だと思っています。また、調査では、日本でキャリアを積んでから出て行った人より、若いころに出て行った人の方が日本に戻ってくる割合が高いという傾向がわかりました。キャリアを積んでから出て行った人は海外を転々とする傾向があります。海外の方がコネ社会なので、海外で人脈を作れない場合は、日本にも軸足がないと安定した環境に身を置くことが難しいのかもしれないと考えています。キャリアの安定を求めるなら、学生や博士課程で2-3年行くなど、身元引受人がいるような、ある程度オフィシャルな形で行くというのがよさそうです。また、海外経験が有利に働くかどうかは渡航先と出身国の関係性によります。世界的に見て日本での研究経験がブランドになる国は限られているように思います。

研究者にとっては、日本から出て行くことも日本に戻ることも、安定的なキャリアから遠ざかる行動のようですね。

藤原:ただ、この研究はresearch mapのデータを利用していますので、海外志向の人はそもそもresearch mapを更新していないかもしれないので、正しい傾向を読み取れているのか確証はありません。データセットから抜けている人が、知りたい対象の多くを占めているかもしれないということです。最近、私は、Scopus採録論文の所属から異動・移動を把握する研究を進めているので、分析が進めばまた新たな発見があるかもしれません。

海外から帰国した時期に一番パフォーマンスが明確に上がる

藤原:以前行った別の研究ですが、特許情報を使って企業人の調査をしたところ、その人のキャリアの中で海外から帰国した時期に一番パフォーマンスが明確に上がるという結果が出ました。ただ、もともとパフォーマンスが高い人が海外に行く傾向があって、そういう人たちが帰国してさらにパフォーマンスが上がったという結果なので、その辺は差し引いて考える必要はあるかも知れません。あと、行ったからには頑張らないといけない、という気持ちも働いてたかもしれないですね。
帰国後のことで言えば、外国人が日本で習得した技術を母国に持ち帰った時に、それが母国で受け入れられる、評価されるとは限らないというのはあると思います。海外経験がどう評価されるか、評価されないなら行かなくてもいいのではないかという考え方になってしまうのは非常に残念ですし、全て含めてフェアに評価してもらいたいと思っています。例えば、人事において選ぶ側の人間に海外経験がないと、海外経験のある人を過小評価する可能性があるということです。

移籍回数の多い人の評価のされかた

産官学間での移籍とキャリアに関してはどうでしょうか。

藤原:産官学間の移籍のイメージとして、移籍するたびに階段を上っていくイメージがあって、そういう上昇志向の人が組織の中で他の組織に移籍する際に、希望する移籍先で評価されていたのかどうかを調べてみようと思ったことがあります。移籍することになった理由を調べていないのと、移籍の多い人が移籍先のレベルを選り好みしていたり、できるだけ居住地から近い大学から選んでいる可能性はもちろんあるので、要因は他にも考えられるものの、移籍が多い人というのは希望する移籍先であまり評価されていないという結果が出ました。この結果は、例えば評価者が身内を優先して評価しがちであったり、評価者の方々の多様性が少ないために、脈々と同じような人を選ぶしかない、先細りの状況を生んでいるという事実に繋がっているように思います。また、逆に若い人も研究室の教授の辿ってきた経歴をなぞるようなキャリア形成はもうできないんだと思います。海外経験を例に取っても、それが一般的になった今では、海外経験が必要になる理由は変わってきていると思います。

ポストの安定と研究成果の関係

キャリアに関して、研究成果との関係についてお尋ねさせて下さい。国立大学協会基礎資料集データカタログ2017年3をみると、10年前と比べて40歳以下の研究者の善雇用者数は微減(研究者の全体数は2013年をピークに減少傾向だが10年前より微増)、かつ任期付ポストの割合は1.6倍の63%となっています。これはちょうど、10年前の任期なしポストの割合と同じで、数として逆転したことになります。安定したポストが極めて少なくなっている現状がありますね。 藤原さんの分析では、着任後5年間及び20年後から30年後の10年間は1年に1本の論文を発表し続けることがアカデミアキャリアにとって重要であるという結果を出しておられました。どういう研究者が、そうした成果の出し方をしていたのでしょうか。その期間は安定した研究環境を整えるべきではないかとの提言されていますね。京都大学でも論文数を雇用形態・職階別に分析した際、任期付のポストにつく研究者の方が論文発表回数が多いという結果が出ました。初めの5年間で論文を出さざるを得ないのかもしれない、こうした状況についてどう思われますか。

藤原:ポストにつく直前直後は頑張らないといけないという状況が見えているのだと思います。逆に言えば、論文を出そうと思えば何とかなるということでもあります。もっと言えば、任期が切れる前にさえ頑張れば、なんとかなるという見方もできます。そうではなく、長い目で見てどのように成果を出していくかを考えたいですよね。本心では時間のかかる研究がやりたいにも拘わらず、早く結果が出るような短距離走を走らされている可能性はもちろんあるわけですから。
でも、それ以上に心配なのは、研究者自身が評価に価値をおいてしまうような評価体質になってしまうことです。これについては評価する人が今後どれほどフェアに評価できるかということが重要になってくると思います。例えば、テニュアに「上がった」人の評価のされ方がフェアに見えないことは不満につながります。その人の選ばれ方が、次の世代から見てフェアに見えているかどうかは大切です。

ポストの流動を膠着させてはいけない

全体を通してですが、今の環境に安住したいとい考えを実現するのと、藤原さんのイメージされるような、恐れずどんどん移動できるというような環境作りは裏腹な部分もあります。どんなふうに考えればよいでしょうか。

藤原:調査結果には海外経験がマイナスになると確かに出ています。でも、データを色々見ていると、流動性は意味のないものではなく、ますます大切だと感じます。渋滞を緩和するとそれぞれのパフォーマンスが上がるイメージに似ています。前が動くと自分が動ける。目の前に気を取られてブレーキを踏みたくなるが、踏まない勇気が必要。今後も物理的な距離とキャリアのステップアップの関係を調べてみたいと思ったりしています。ポストの流動を膠着させるのではなく、国内のポストを空けるためにも海外に出て行く発想も必要かなと思います。

( 聞き手 仲野安紗 )

1「一連の大学改革と教授の多様性拡大に関する一考察~ 研究者の属性と昇進に関するイベントヒストリー分析~」科学技術・学術政策研究所 DISCUSSION PAPER No.144 http://www.nistep.go.jp/archives/32302

2「研究発表空白期間がアカデミア昇進に与える影響分析~研究者の属性に関するイベントヒストリー分析」科学技術・学術政策研究所 DISCUSSION PAPER No.155  http://www.nistep.go.jp/archives/36699

3国立大学協会基礎資料集データカタログ2017年(元データ)文部科学省「学校基本調査」(2017) https://kaiin.janu.jp/member/shiryo/