C研究・教育活動のための基盤に関すること
C-2 新たな成果公開の方法に挑戦したり、オープンサイエンスを実践したい!
2022/03/29

海外出版書籍オープンアクセス化 インタビューシリーズ(3)

海外で出版した外国語の書籍を、更に多くの人に読んでもらいたい−KURAで実施した海外出版書籍のオープンアクセス(OA)化事業を通じて、40を越える本や章がOA化されました。プログラムを利用して書籍をOA化した研究者に、OA化の目的やメリットについてお伺いしました。

人文科学研究所 石井美保准教授

京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。博士(人間・環境学)。一橋大学大学院社会学研究科准教授を経て現職。専門分野は文化人類学、アフリカ・南アジア研究。在来の宗教や環境運動などを研究テーマとし、タンザニア、ガーナ、南インドでフィールド調査を行う。主な著書は今回のOA化対象書籍以外に、『めぐりながれるものの人類学』(青土社)、『文化人類学の思考法』(共編著、世界思想社)など。

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Routledge社から出版された単著、Modernity and Spirit Worship in India: An Anthropology of the Umwelt (2019年)を2020年度にオープンアクセス化。元となった日本語版の書籍は、『環世界の人類学——南インドにおける野生・近代・神霊祭祀』(京都大学学術出版会・2017年)。

■英語版と日本語版の著書の違い

――先生は日本語の著書も英語の著書も多く出版されていると思いますが、今回オープンアクセス化(以下、OA化)された書籍の位置づけに関してお聞きできればと思います。例えば『めぐりながれるものの人類学』(青土社・2019年)など一般の読者を意識されているものと、そうではなくアカデミックな方々に向けた学術書の両者を出されていると思いますが、このRoutledgeから出された書籍はどの辺りに位置するものでしょうか。

石井 この本の元になったのは2017年に京都大学学術出版会から刊行した和書ですが、それはどちらかというと文化人類学の学術書としての位置づけですね。私は、博士課程ではアフリカのガーナで調査をしていて、2007年に最初に出した『精霊たちのフロンティア』(世界思想社・2007年)という本は、ガーナの精霊祭祀についての本だったんです。その後、2008年にインドにフィールドを移して、そこから断続的にフィールドワークをして10年くらいかけてまとめたのが、この『環世界の人類学』です。

『精霊たちのフロンティア』は博論をベースにしていたので、博論をブラッシュアップして学術出版するという一般的なコースに則ったものだったのですが、『環世界の人類学』の方は、私がインドにフィールドを移してから初めて学術書として世に問うた、と言ったら大げさですけれども、そういう形で出したものなんです。博論をこのテーマで書いていないので、この本で初めて、今までいろいろなところに書いてきたものをまとめて出版したという位置づけです。

――日本語の著書と英語版とでは、若干内容が違うというか、英語版は国際ジャーナルに投稿した複数の英語論文の内容も合わせられていて、日本語のときと変えられた部分があるとのことですが。

石井 『環世界の人類学』を出版してから、その一部を論文として書き直して、いくつかの国際ジャーナルに投稿しました。そうするとそこで査読が入るので、おのずと書き換えが必要になってきます。先行研究も見直したり増えていったりするので、査読を経て改訂したものが論文として出て、それをさらに一冊の本にまとめる段階でもう一回全体像を練り直したといいますか。それがこちらの英語の本になります。

――いわゆる英語圏の読者に向けて、例えば結論を先に持ってくるとか、よく言われるようなことで書き方を少し意識されたところはありますか。読者というか学会に向けて。日本語の本をそのまま翻訳したのでは、英語で出版できないというようなことを海外の出版社の方や海外で研究を長くされている先生などからお聞きしたり、海外の出版社で出すときは書き方があると言われる研究者もいるので、その辺りは石井先生も意識されているのでしょうか。

石井 国際ジャーナルに投稿して、査読者や編集者とやりとりをしながら書き直していく中で、そういう方法についてはある程度、身についたところはあると思います。

逆に、英語のほうが書きやすいという部分もありますね。たとえば英語の先行研究の議論を日本語に翻訳し直す必要なしに、議論の中にそのまま出せるとか。そんな風に、かえってやりやすい部分もなくはないですね。

――ちなみに、英語版を出されたとき、翻訳は全部先生がされているのですか?

石井 基本的にはそうですね。『環世界の人類学』のときは、まるで修行みたいに「1日に何パラグラフ」のような感じでコツコツと。その後、知り合いのネイティブの方にチェックしていただいたのですが、その方がこちらの意を汲んだ校正をしてくださって。ただ二章分だけは、英語の堪能な日本人の方に翻訳をお願いしました。

――そういう意を汲んでくれるというか、分かってくれている人、信頼して任せることができるネイティブの方がいたのですね。

石井 それは本当に大きかったです。私がお願いした方は、特に文化人類学が専門ではなかったのですが、英語としてのセンスとか自然さを大事にされていて、「英文としてはこう直したほうがいい」という校正の仕方でしたね。専門的なことについて細かくコメントをされなかったのは、私にとってはかえってよかったかもしれません。

■著書の内容

――これは10年間の研究をまとめられた本ということで、すごく幅が広いテーマを扱っていらっしゃるし、フィールド調査も多くされていますが、この著作の内容を簡単にお聞きできればと思います。近代、宗教、神霊祭祀、環境運動、インドというのが5つのキーワードになっていますが、その辺りも含めながら説明いただいてもよろしいでしょうか。

石井 私がフィールドワークを行ったのは、南インドのカルナータカ州沿岸部のマンガルールというところなんですけれど、そこで出会ったのが「ブータ」と呼ばれる神霊の祭祀です。その神霊祭祀は土着のもので、その土地の自然と深く結びついているんですね。その地域では稲作農耕が盛んなのですが、山野や森林にいるとされる野生動物の神霊を、儀礼を通して水田にお迎えして、野生の豊饒性を農地に導き入れるという、日本の農耕儀礼とも共通するような儀礼が行われているんです。野生の領域と人間の世界の間の往還的な関係性がベースにあるのですが、歴史的にみると、そうした関係性はその土地の領主層による土地の支配や生産物の分配といった社会のあり方とも不可分に結びついています。そうした神霊祭祀やそれに結びついた人々の生活が、イギリスによる植民地化であったり、土地改革であったり、あるいは大規模開発によってどのように変化しながら持続してきたのかというのが大きなテーマです。

そうした現象を文化人類学的にどう捉えるべきかと考えたときに、ただ単に近代化による変化に注目するだけではなくて、ローカルな論理や実践がどのように近代以降の出来事や制度と結びつき、絡まり合いながら持続的に変容していくかを描こうとしたものです。

そこで、タイトルにも入っている「環世界」という言葉が重要になってきます。フィールドで起きている具体的なものごとを、もう少し抽象度を上げて考えようとしたときに、ドイツの医学者であるヴィクトール・フォン・ヴァイツゼッカーが『ゲシュタルトクライス』という本で書いている、「転機の中で生成変化していく生きものの生と、その環世界との動態的な関係」というアイデアが大きなヒントになりました。そのアイデアを基盤にしつつ、さまざまな社会変化を経ていくなかでの人々と神霊との関係を描こうとしたという内容です。

■著書をオープンアクセス(OA)化したいと思った理由

――この本の英語版をまず紙の書籍とe-bookで出版されて、その後、OA出版のご希望をいただきましたが、この著書をOA化したいと思われた理由についてお聞かせいただいてもよろしいでしょうか。

石井 この本は今ちょっと値下がりしていますが、最初にハードカバーで出たときは2万円ぐらいするような高額なものだったんです。それだと気軽に謹呈することもできなくて。本書を書くにあたって一番お世話になったのは現地のフィールドの方々なのですが、とても購入してはいただけないですし、皆さんにお配りすることもなかなか難しいですし、ペーパーバックも当初出ていなかったと思います。もしOA化をしていただけたら、本自体は入手しづらいようなインドの方たちにも簡単にダウンロードして読んでいただけるので、それは本当にありがたいなと思い、申請させていただきました。

――実際にインドのフィールドの方で読まれてご連絡があった方はいますか。

石井 当初からずっと調査を手伝ってくださっていた方が、もともとマンガルール大学で民俗学を専攻されていたのですが、その方のご実家のある村でずっと調査をしていたんですね。それでその方にOA版のリンクを送ったところ、「これは素晴らしいギフトだ」というお返事をいただきました。現地の方々にとってもすごく大切な記録になると思いますし、同時に私にしても細かなところで、たとえば「現地語の綴りが違ってるよ」とかいう修正をしていただいたりと、すごく双方向的にいい結果だったと思います。

■オープンアクセス(OA)化による効果

――この本に関してRoutledgeにデータをもらったのですが、OA化前の2020年とOA化してからの2021年を比較すると、OA化後のダウンロード数が約29倍になっていて、やはりOA化になった途端に件数的には増えています。

石井 今、AmazonのKindleでもゼロ円で出ていますね。それはインドの方々も見てくださっているのではと思います。

――AmazonのKindleのカウントが、Routledgeのデータには入っていない可能性がありますので、実際はこの数値よりもより幅広く読まれている可能性があります。このKindleゼロ円は、Amazonだったら誰でもよく見るし結構インパクトがあるのではないかと思います。出版社のサイトに掲載されているだけだと、一定の読者層の目にしか触れませんが、Amazonだと関連書籍が出版社関係なく出てきますので、いろいろな人の目にもとまりやすい。文化人類学やインドの関連書籍でお勧め書籍が出てきたりしますので。

石井 これは、OA化された際に自動的にAmazonに掲載されたのですか?

――たぶんRoutledgeがやってくれているのだと思います。この事業で他の出版社でOA化したものなどは、このようには掲載されていないです。Routledgeからの出版でOA化された先生は、このKindleゼロ円で一気にダウンロード件数が増えて、分野別順位で購読No.1になったケースがあり、すごいなと思いました。学術書の成果発信としては、一般に向けてもすごく見てもらいやすい形です。英語の本は重いけれども、Kindleに全部入れれば場所も取らないし、とてもハンディで利用されている研究者も多いようです。そういった意味ではRoutledgeはよく対応してくれていると思っています。

石井 特にこの本はRoutledgeの南アジア研究シリーズの1冊なので、同じシリーズのどれか1冊を買われたときに自動的に関連書籍として出てきますよね。そういう意味でも検索されやすいのかなと思います。

■オープンアクセス(OA)化の反響とメリット

――先ほどダウンロード数の話はしましたが、例えば引用数が増えたとか、これを読んだ影響がどこかの方面から先生にフィードバックされているとか、OA化に対するリアクションはいかがでしょうか。先ほどインドの方からはお知らせがあったというお話がありましたが、OA化された反響というか、影響みたいなものは何かありますか。

石井 本書の内容について、関連する研究をされている方からいくつか問い合わせがありました。ただ、特に引用が増えたとか、そういうことはちょっとわからないですね。論文などでは引用数が出てきたりもしますが、単著はちょっとわからないです。

――例えば、隣接する研究分野の方にこういうところでインパクトを与えたのではないかとか、今後、先生と一緒に国際共同研究をされている方に送って実際の研究に進まれたり、そういったきっかけは特に今回はなかったでしょうか。一緒に共同研究をしている研究者にOA化した著作を送ることができると、次の研究に入る前に参考に読んでもらうのにちょうど良いとおっしゃる先生がいらっしゃったので。共同研究者に本を送りたいという目的のある方もいます。

石井 それはそうですね。紹介状みたいな感じで。ハード版しかなかったときはすごく高価で、しかもコロナ禍のために海外に発送できなかったりしたのですが、OA化されることによって簡単に見ていただけるのはすごくありがたいです。

たとえば英語の共著の執筆を頼まれたりしたときにも、この本をリファレンスの中に入れることで、自分の研究をトータルに知っていただきやすくなったと思います。論文をいくつも並べるより、これを1冊という。

――人社系では1冊単著というのはすごく重要だったりするので、今すぐにではなくても、これから交流ができたときに送りやすくなっているということですね。今回、お知り合いの研究者の方が、このOA化事業に興味を持ってくださったようですが、石井先生としてOA化に関して特にメリットを感じる点や、人に勧めたい点は、どのような点だと思いますか。

石井 やはり手に取っていただける方がすごく増えるということと、その層も厚くなるという点ですね。

――一定の層だけではなく。

石井 たとえば学生さんであったり、一般の方であったり、そういう方々にも気軽に興味を持ってダウンロードしていただいて、部分的に読んでいただくだけでも意味があるだろうと思います。

――学生さんには、やはり大きいですね。OA化前の書籍を購入すると2万円かもしれませんが、OA化後はゼロ円でしかもコロナ禍の中でもオンラインで入手できる。コロナ禍でOA化の価値が更に高まった面はあるように思います。図書館に行かなくてもグローバルにこういったものにアクセスできるという環境、学術リソースの環境がすごく変わってきているような気がしています。

■オープンサイエンスの流れに関して

――続いて、オープンサイエンスの流れに関してお伺いできればと思います。今回の事業は書籍のOA化ですが、より広いオープンアクセスやオープンサイエンスの流れについて、例えばプレプリントなどはご存知でしょうか。論文をジャーナルに投稿する前のプリントをどこかに載せて、いろいろな意見をもらうという仕組みですが。

特にコロナで研究成果の公表を急ぐようなときにプレプリントで載せて、査読されていないけれども今の研究で分かっていることをスピーディーに公表して他のリアクションを見たりする流れは、結構加速しているところがあります。理系分野などでは、ジャーナル以外の新しい論文公開の形として注目されていますが、文系でプレプリントというのは分野によってかなり研究者の層が限られている。

以前お聞きした例だとその分野の研究内容が分かる方が数人しかいないので、書籍にするのではなくウェブに上げてウェブ上でディスカッションするような流れもあるようです。OA化によって書籍のあり方が変わっているとか、変わっていくのではないかという実感は、先生はおありでしょうか。

石井 確かに理系だとそれがすごく加速していますよね。数学などではホームページで新しいアイデアを公開して、そこで何年もかけて議論していくという形だと思いますけれど、文系でもたとえばResearch GateとかAcademia.eduといったアカデミックなプラットフォームにどんどん論文を載せている方も多いですね。フォーマルにアクセプトされるひとつ前の段階のものであれば、著作権の問題なく出せるみたいですけれど、そういう形で。そうしたプラットフォームに載せることで誰でもダウンロードできるという環境になると、やはり非常にアクセスしやすくなります。

たとえば大学などの研究機関に所属していない研究者だと、1本の論文を入手するために何ドルも払うのは大変ですが、そういうプラットフォームに掲載されていれば、そこからフリーでアクセスすることができますし。あるいは、その論文の執筆者にコンタクトをとって、直接に問い合わせできるとか、そういう相互交流が活性化されますよね。研究成果がそのままコモンズとして流通して、誰でもアクセスできるようになってきたというのは、ポジティブな変化のひとつだと思います。

一方で、ネガティブな面としては、そうしたプラットフォーム上での評価を研究者自身がすごく気にするようになってしまうというか。そこでどのくらいアクセスされたか、引用されたかとか、結局、全部数字に還元されてしまって、自分でもそれに振り回されてしまうという側面が研究者の側、特に若手の方にはあるんじゃないかなと思います。

論文をジャーナルに投稿した場合も、ジャーナルによっては何回閲覧されたかとか、誰に引用されたかというようなデータが出てくるのですが、そういった数値化されるデータに研究成果が還元されてしまうことはいいことなんだろうか、それは人文系の学問の方法や考え方に沿うものなのかというのは、常々疑問に思っているところです。

■論文と著書の関係、国際化に向けて

――先生は、海外で論文も著書も出されていますが、論文と著書の関係というか、比重というか、プライオリティというか、先生の中でどのような位置づけになっていますか。

石井 そうですね。論文は短距離走で、本は長距離走みたいな感じといいますか。長い間フィールドワークをするとたくさんデータが溜まってくるので、それを総合的に出すにはやはりエスノグラフィという形になりますね。エスノグラフィのいいところは、論文では切り捨ててしまうようなディテール、現地の人びとの生活の機微であったりとか、人となりなども含めて、そうした細部の記述が魅力になるというか、そこがやはりエスノグラフィでないとできないところだと思います。

他方で、ジャーナルのほうはジャーナルごとの特色があります。それにある程度、照準を合わせて、テーマを決めて先行研究を絞って、そこにフォーカスして書くという形で、研究成果をコンパクトに出せるという利点がありますね。

――そういうところで少し使い分けではないですけれども、データを盛り込んで生かしたいときは単著にいろいろ入れ込むことができるといったような。

石井 単著は、大変は大変ですけれども、すべてが詰まっているという感じですね。

――人社系研究全体の中で見ると、石井先生は書籍も論文も英語・日本語の両方で出されて、文化人類学という分野の特性からしても比較的国際的ないろいろな流れとの連結がしやすい感じなのかなという印象を持っていますが、実際出版言語の問題についていかがお考えでしょうか。

石井 どうなんでしょうね。文化人類学は、人社系の中でも比較的英語での発信をしやすい分野かもしれません。学術的な面からいえば、まだまだアカデミアの中心は欧米圏にありますし、主だった理論も欧米中心ですけれども、そうした状況の中であえて日本の研究者として、それまで日本語で考えてきたことを他の言語で発信するということの意義は大きいと思いますね。

私の場合、木村敏先生や坂部恵先生の思想をはじめ、日本の哲学や思想からも大きな影響を受けています。そうした思想的な背景をもったものとして英語で論文を出したときに、意外と面白がってもらえるんだなという経験があって、それが投稿の励みになってきたと思います。でも、そうした経験の手前で、言語の問題やシステムの問題もあって、英語での発信を躊躇してしまうこともあると思います。ただ今後、たとえば海外で学位を取られた方がもっと増えてきたりすれば、そうした状況も変わっていくんじゃないかなと思いますね。

――OA化のことに限らず、海外での出版のこと、分野の特性や評価の問題など、本日は幅広いお話をいただき、ありがとうございました。

 

 

インタビュー日付:2021年12月15日