海外出版書籍オープンアクセス化 インタビューシリーズ(1)
海外で出版した外国語の書籍を、更に多くの人に読んでもらいたい−KURAで実施した海外出版書籍のオープンアクセス(OA)化事業を通じて、40を越える本や章がOA化されました。プログラムを利用して書籍をOA化した研究者に、OA化の目的やメリットについてお伺いしました。
ニュージーランド・マッセー大学(ニュージーランド)で博士号取得(心理学)。早稲田大学理工学術院英語教育センター教授を経て現職。専門分野は教育心理学、認知心理学。効果的な学習・教授方略、批判的思考・メタ認知等の思考スキル発達、21世紀型コンピテンシーの育成等を研究テーマとする。今回のOA化対象書籍以外の主な編著書として『Promoting Spontaneous Use of Learning and Reasoning Strategies』(Routledge、2017、共編著)がある。
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Routledge社から出版された編著『Deeper Learning, Dialogic Learning, and Critical Thinking』 を2020年度にオープンアクセス化。アマゾンのキンドル版(無料)でもアクセスが可能となっている。
■教育学の研究者と学校の先生の間をつなぐ
——まず、出版された本『Deeper Learning, Dialogic Learning, and Critical Thinking』の内容についてお伺いします。この本は若者や子どもが21世紀を生きていくために必要なスキルやコンピテンシーの育成を推進しようとしていますが、イントロダクションで「子どもたちにとって重要な能力を育成するうえでの、教育学の研究者たちの研究成果と学校の先生たちのための手引きや教材のギャップ(隔たり)をつなぐ」とその目的を述べています。つまり、ギャップがあるわけですね。
マナロ:大きなギャップです。
——そのギャップを埋めようとしているのですか?
マナロ:そうです。小さな試みですが、ギャップをなくそうとする教育学の研究者たちの動きをつくりだして、研究からわかっていることと学校の先生に提供するものを近づけていきたいと思っています。
編者として著者たちに確実にやってもらったのは、内容を損なわないようにしながら平易な言葉を使って書くことです。「あなたが知っている大学院生や先生を思い浮かべてみてください。学校や大学で教えていて、あなたの分野の専門家ではなく、でもあなたの章に書かれていることを理解する必要がある人。その人に向けて書くのです」と伝えていました。
■より効果的な指導のために
——現状での指導法はどんなものでしょうか?
マナロ:教員養成課程や研修プログラムに参加してみればすぐ、教科をいかに教えて子どもに知識を与えるかにいまでも重点が置かれていることがわかります。先生たちは算数や理科を教えて、子どもたちが教えたことを答えられるどうかテストします。いまだに図書館の本の中に情報があり、その知識を使えるようにするためには頭の中に入れておかなければならないという考え方で動いているのです。でも、いまは情報ならスマートフォンで得られます。
——技術や社会は変化しています。教育の焦点も変えていかなければなりませんね。
マナロ:すべてを覚える必要はありません。そのかわりに、情報の見つけ方、知識の使い方を学ぶ必要があります。もちろん、内容なしに教えたり学んだりできません。内容は重要です。でも、同じだけ重要なのは、それを使う能力、学んだことについてよく考え、自分が生きていくうえでそれがいかに重要かを考える能力です。そういうことができなければ、仕事においても個人的な生活においても学んだことをうまく使えません。
これはパンデミックの問題の一端をなすと思っています。世の中には誤情報が溢れ、人々は誤情報を信じています。人々を騙すのは簡単です。学んだことについてよく考えないし、関連づけて考えるべき情報を突き合わすこともないからです。私たちは、たとえば「この人はこんなこととこんなことを言っていて、矛盾している。ここで、この人物を信頼していいんだろうか?」と考えなければなりません。私たち一人一人にとって基本的な問題です。
——批判的思考は重要だとよく言われています。
マナロ:カリキュラムではそういったことが重要だとされていますが、それに見合ったスキルが先生にはありません。これが現在の根本的な問題で、私たちには教育者として現状を変える責任があります。いまでもこれがうまくできている先生もいますが、教育システムとして行うことが大切です。
私たちの本は、どうすれば指導がより効果的になり、21世紀の教育目標により合致したものになるかを示しています。これで完了というわけでは決してなく取り組みは続きますが、ここに示した指導のストラテジーや指導法は授業で使ってもらえれば非常に有益なものです。一人では変えられなくとも、変えていくのに少しでも貢献できればそれでよいと思います。
■よい指導のストラテジーを共有する
——イントロダクションには、もう一つの大切な目的として「ストラテジーを共有する大切さを伝え、それによって、授業を向上させるためにお互いに学び合うようにする」とあります。
マナロ:とくに教育において共有は大切です。研究者は成果の発表はしても、あまり先生たちに利用しやすくしようとはしません。素晴らしい授業で子どもたちの学習成果を向上させている先生もいますが、私たち研究者が会う機会がないこともあります。
前回ニュージーランドに行ったのはもう2年近く前になりますが、その時に共同研究者がある学校を紹介してくれて見学しました。その学校は貧しい地区にあるのですが、非常にうまくいっていて、その鍵は先生たちの指導の方法と生徒への理解にあります。生徒たちの自主性が重んじられており、生徒たちは自分たちで授業に関することを決める力があるのです。授業で先生は生徒たちを集めて「さあ、これをやってもらおうかな」と言って、何かを説明したり見せたりします。それから、生徒たちを課題に取り組ませます。生徒たちは全員ラップトップを持っているので、自由に動き回れます。この学校がとてもよい成果を挙げているので、政府から少し多めに予算配分を受けたんですね。三人組で取り組む生徒も、一人でやる生徒も、テーブルで取り組む生徒も、床に寝そべっている生徒もいますが、実のところやる気があって学んでいるのです。
先生たちは協力しあっています。たとえば、二人の先生が、それぞれ受け持つ25人程度のクラスを二つまとめて合同で教えるのです。生徒たちも混ざり合って学び合うことができます。先生たちは「どんな感じ?」と、生徒の様子を確認して回ります。もし行き詰まっていたり、間違った方へいきかけていたりすると、すぐに問題について生徒と話し合います。だから、うまくいくし、生徒たちは学習成果を挙げているのです。
金曜日の午後は決まった科目の授業が入っていません。生徒たちは自分たちがやりたいことを先生たちに提案します。訪問した時に説明してくれたのは、校庭にくつろげる、でもいくつか遊具もある場所をつくるというものでした。私が訪問する2年くらい前には、二つの校舎をつないだんだそうです。工事は業者に頼まざるをえなかったものの、デザインは生徒たちがしました。ニュージーランドでは、とくに冬場は毎日どこかの時点で雨が降ります。生徒や先生たちは走って校舎間を移動しなければならず大変です。校舎の連結は実用的でうまく機能していて、その問題の解決策となっています。
生徒たちは興味のあることをしているし、学んでいることを使う機会があるので、本当によく学んで学習成果を挙げていました。この学校の先生たちがほかの先生たちや私たち専門家ともこういったことを共有できればいいですよね。
■さまざまなストラテジーを持つ
——特別な能力ではなくて、ストラテジーなら共有できます。この学校のストラテジーはマナロ先生が推進しているカリキュラム空間とよく合致していますね。
マナロ:その通りです。認知のための空間,自律的な空間,よく考えてみるための空間があることが重要です。ここで先生が生徒に与えているのは、自分たちが学んでいることについてよく考えて、それをどう使うか制約なしに考える機会です。
彼らは課題に一緒に取り組んでもいます。仕事では、周りの人たちと協力していかなければなりません。だから、対話的な学び、つまり対話によるコミュニケーション、発見、応答を通じた学びも、学習者に必要なスキルの発達に重要です。
——本では、深い学び、対話的な学び、批判的思考を助ける多くのストラテジーが紹介されています。
マナロ:私たちは「これは私たちのやり方だ」「これは私たちのやり方ではない」などと言いがちで、たくさんの違ったやり方の存在を認めて、そのときどきで必要なものを選ぼうとはしません。直接指導[明示的な教示を使った指導法の名称]ばかり推す先生、探求学習ばかり推す先生は、両方とも重要だと気づいていません。実際には、明示的に教えることも、子どもが考えて何かを見つける機会をつくることも必要です。どちらにも利点があり、どちらも使われるべきで、一方だけがよいというものではありません。さまざまなストラテジーを身につけて、子ども、学習状況、直面している困難に応じて適切なストラテジーを選べることが大切です。
■研究資料へのアクセスの国による差を減らすためのOA
——いまもよいお話を伺いましたが、素晴らしい教育の例を聞くことがときどきあります。そういった例が研究に基づくストラテジーとしてオープンアクセスで共有されると、多くの専門家やもしかしたら政策立案者も見てくれるでしょう。ここで、オープンアクセスプロジェクトに応募された理由をお聞かせいただけますか?
マナロ:想定読者が簡単にこの本にアクセスできて、そこから学べることが重要だからです。『Frontiers』や『PLOS One』などオープンアクセスジャーナルはありますが、エルゼビア、シュプリンガー、ラウトレッジなどの出版社が出している多くの重要なジャーナルは一般的に有料です。書籍もそうです。発展途上国の多くの研究者や教育関係者は、重要な書籍が大学に所蔵されていない、重要なジャーナルを大学が購読していないために、それらを利用できません。人々が裕福な国もあります。でも、人々は目標を達成したいと努力しているのに研究資源がない国もあります。私たちは、豊かな先進国でばかり知識が生み出され、先進国と発展途上国のギャップが生まれる状況をつくっているのです。
私は『Thinking Skills and Creativity』というジャーナルのエディターなのですが、発展途上国からの投稿論文の多くは引用文献が古かったり、レベルの高くない雑誌からのものだったり、重要文献が抜けていたりします。文献レビューが不十分なだけなら、リジェクトせずに新しい研究をもっと参照するように勧めます。でも、情報が限られているゆえに研究デザインまでよくないと、できることはあまりありません。研究の質を落とす妥協はできません。難しいところです。私たちがつくるものをどの国の人でも簡単に入手して使えるようにできる機会があるなら、助けになります。
■OAとアクセスの増加
——読者層はわかりますか?
マナロ:直接的にはわかりませんが、知っている人たちもいます。まだニュージーランドにいた頃には、ATLAANZ(the Association of Tertiary Learning Advisors of Aotearoa New Zealand[アオテアロア・ニュージーランド高等教育ラーニングアドバイザー協会(仮訳)])に入っていて、数年間会長も務めました。大学で学部から博士課程レベルまでのスキル開発支援・指導を行う人たちの団体です。この本が利用できることを伝えると、かなり多くの人が「素晴らしい本です」「とても役に立ちます」などとメールに返事をくれました。本をダウンロードしたたくさんの人たちが、おそらく仕事に活用してくれていると思います。どうすれば大学での学びの達成度を向上させられるか学生に指導するのが彼らの主な仕事ですから。
執筆者たちに本がオープンアクセスになることを伝えて、それからオープンアクセスになったと伝えると、ほとんどが「素晴らしい、これで知人たちに自由に本を渡せます」といった返事をくれました。ダウンロードの一部は著者たちのネットワークによるものでしょう。
——ラウトレッジは利用データ、つまりダウンロード数を提供していますね。今年2021年の始めに本がオープンアクセス化されて、11月までに1000回以上ダウンロードされています。去年の10倍です。アマゾンからも入手できると教えていただきました。
マナロ:アマゾンでは、キンドル版[無料]が「Educational Psychology[教育心理学]」「Educational Professional Development[教育専門能力開発]」「Education & Reference Pedagogy[教育と教育学文献]」などのカテゴリーで売れ筋ランキングのトップ10によく入っています。価値あるものをOA化すると、みんなが読みます。
■研究インパクトを広げるOA
——この本は実用的で役に立つうえに、誰でも自由に利用できるのが強みです。
マナロ:オープンアクセスプログラムの目的は、このケースと相性がとてもいい。情報、とくに京都大学の研究者が生み出す成果がより自由に利用できるようにということですよね。それはまさに私たちが達成していることです。
——OAは研究成果が世界中で認められるのを助けます。
マナロ:このOAプロジェクトが挙げている成果は、大学で私たちがやるべきことです。日本の研究者の多くは英語でものを書かないので、日本の研究への海外からのアクセスは限られています。日本の助成機関は、このような機会が有益で直接的な結果をもたらすと認識すべきです。また、このような機会は日本の研究者が世界の人たちと共有できる活動を目指す気持ちを後押しするでしょう。オープンアクセスにすれば、誰でもダウンロードできます。文科省や助成機関は、日本の研究者たちに向けて、世界とのコミュニケーションや情報共有に優先的に取り組むべきだと明確な合図を出すべきです。
——オープンアクセスの義務化が検討され、研究成果を誰でも自由に利用できるようにすることが公に推進され始めていますが、現在のところはおそらくそれが限界で、言語については議論されていません。
マナロ:まだ道のりは遠いかもしれません。でも、OAプロジェクトが意図したインパクトを得ていることが広く知られるようになれば、予算がついて、より多くの研究者の役に立つということが期待できます。このプロジェクトがもたらしたインパクトはアピールできますよ。
この本の著者のうち京都大学の教員は楠見先生と私の二人だけです。多くは外部の著者であるにもかかわらず、オープンアクセスにすると決定してくれたのも好ましく感じています。著者は京都大学の教職員に限るなどといったルールに縛られないことも重要だと思います。
■共著本と国際共同研究
——自然科学系では、本といえばほとんどが教科書です。一方、人文社会科学では、共著本の制作過程そのものが国際共同研究です。
マナロ:その通りです。.
——ジャーナルの国際共著論文に関する統計が重視されがちで、このような共著本は重視されませんが、実際には多くの共著者のネットワークを通じたインパクトや引用があります。
マナロ:日本の研究者の仕事を世界に届ける方策を考えるなら、海外の研究者を共著者に迎えるのはよい作戦です。ケンブリッジ大学の共著者は読者を獲得してくれます。読者たちは他の章にも目を通して、「ああ、これは日本からの報告だ。何についてだろう?」と言うことでしょう。
——このOAプロジェクトで他にも一冊、多くの国で最近たくさんダウンロードされている本があるのですが、それも共著本です。共著本には価値があると思います。
マナロ:まったくその通りです。ジャーナルの特集号も同じで、議論する分野の専門知識を集めてまとめ上げるのに非常に重要です。私たちは最近、失敗をどう活用するかについてジャーナルの特集号を組み、世界の研究者からの論文を得ました。
——それを本にする計画はありますか?
マナロ:いいえ。でも、出版元のエルゼビアにきいてみてもいいですね。どうやらその特集号はジャーナルにとってかなりの成功だったようで、エルゼビアが私をエディターに任命した理由の一部でもあります。それが私に対する見方に影響したわけです。私が2年間編集委員を務め、別のエディターが退任すると決めたところで、エディター就任を依頼されました。
■国際的な共著者と研究ネットワーク
——この本には、多くの国からの40名以上の共著者がいます。
マナロ:私がまさにこの本でやろうとしたことの一つは、世界中からできるだけ多くの専門家に協力してもらうことでした。厳密な意味でのアフリカの研究者は知らないのですが、イスラエルの著者たちによる章があります。イスラエルをアフリカに含めるなら、すべての大陸からの著者がいます。これは私にとってとても嬉しいことで、また彼らは素晴らしい仕事仲間です。みなそれぞれで、ケンブリッジ大学のよく知られた専門家から、世界では知られていないけれど、この分野の研究で重要な知見の発達に貢献している研究者までいます。
——マナロ先生の研究ネットワークからきた人たちですか?
マナロ:多くはそうです。でも、いくつかの内容については、世界の研究者に連絡を取って、「ラウトレッジから出版予定の本の編集をしているのですが、興味はありますか?」と尋ねてみました。多くの人が積極的な返事をくれました。紹介もありました。もともと知っていた人たちが、たとえば、「同僚にも書かないかきいてみましょうか? この分野でいい研究をしていている人たちがいるんです」と言ってくれると、私は「ぜひともお願いします。彼らに書きたいことのアイデアがあれば、本に合うか確認するので私に連絡してください」と答えました。いくつか「私が探しているものとはちょっと違うようです」と伝えたものもありましたが、ほとんどはうまく組み込めました。
——たいへんな仕事だったと思います。
マナロ:かなりの量の大変な仕事でした。ラウトレッジと同意していた締め切りに間に合わせられたのですが、それも嬉しく思っています。別の本では1年遅れてしまったので。そこを改善して、この本は予定通りに出版したかったのです。
■OAの課題
——オープンアクセスやオープンサイエンスは変化を加速させると思われますか?
マナロ:もちろん、助けになります。問題は金儲けのために存在する質の悪いオープンアクセスジャーナルです。知識の発達を促進するためではなくて、誰かが利益を得るためのものです。
主要なジャーナルについていうと、論文をオープンアクセスにしようとすると、普通は30万円以上、3000ドル程度かかります。ここでもまた、お金のある大学や研究者だけが支払い可能で、貧しい人たちはいいジャーナルでオープンアクセスの論文を発表できません。一部の国を対象に貧しくてもオープンアクセスの論文が発表できる措置を取っているジャーナルもありますが、標準規則というよりは例外です。
——どうもありがとうございました。まだ道のりは長いですが、少なくとも挑戦していきましょう。
インタビュー日付:2021年12月8日