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C-2 新たな成果公開の方法に挑戦したり、オープンサイエンスを実践したい!
2022/03/28

海外出版書籍オープンアクセス化 インタビューシリーズ(4)

海外で出版した外国語の書籍を、更に多くの人に読んでもらいたい−KURAで実施した海外出版書籍のオープンアクセス(OA)化事業を通じて、40を越える本や章がOA化されました。プログラムを利用して書籍をOA化した研究者に、OA化の目的やメリットについてお伺いしました。

経営管理研究部 Spring H. Han准教授

京畿大学校 観光専門大学院修了(Ph.D.in Tourism)。ミシガン州立大学Postdoctoral fellowshipを経て現職。専門分野はサービスマーケティング、ホスピタリティマネジメント。最近の関心は、センサリーマーケティング、感動とサービス体験、ヘルスケアサービスマネジメントなど。主要論文はCornell Hospitality QuarterlyやService Scienceなど著名な学術誌にも採録。

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ハン准教授の編著The Future of Service Post-COVID-19 Pandemic, Volume 1 (Springer社刊、 Jungwoo Leeとの共編著)は、2020年度、出版と同時にオープンアクセス化されました。

本のアイデア

——まずは数字から始めさせてください。こちらはハン先生のオープンアクセスの本のダウンロード数です。先月みたときは13,000だったのが、いまは14,000を超えています。いい調子です。

ハン:それはすごいですね。それほどとは思っていませんでした。

——タイトルの『The Future of Service Post-COVID-19 Pandemic』は魅力的です。デジタルトランスフォーメーションへの関心が高まっているので、デジタル技術でサービスが少し変わるというだけでなく、どう大きく変容するかみんな知りたがっています。この本はサービス産業がその過程をどう経験しつつあるかを議論していますね。

ハン:そうです。

——この本のアイデアはどこからきたのですか?

ハン:共編者のイ・ジョンウ教授はスマート・テクノロジー、情報管理、情報技術管理の専門家で、私はホテル産業によるモバイル技術の導入についての研究プロジェクトを実施していて、そんなときに新型コロナウイルス感染症(COVID)のパンデミックが始まって、たくさんのことが変わり、みんなが海外旅行や、国内旅行に対してさえも不安を抱くようになりました。私たちは、研究者だけでなくそれ以外の人たちもこのパンデミックや新しい技術に伴う変化をどう考えるか、どう変容させるかのアイデアを持っているんじゃないかと考えました。

——COVIDがパンデミックと宣言される前[WHOによる宣言は2020年3月11日]からこの本のアイデアをお持ちだったのでしょうか? どうしてこんなにタイムリーに本が出版できたのか不思議なのですが教えていただけますか?

ハン:なるほど。COVIDより前の2013年、2014年に、私はホスピタリティ産業での技術の導入について調べていました。ホテルでは人間らしいもてなしが多く必要とされますが、労働力が不足しています。若い人たちは初歩的なホスピタリティの仕事に就きたがらず、ホテル業界は対応を模索しています。解決策の一つはホスピタリティ産業が自動化技術を取り入れる、つまり初歩的な仕事、簡単な仕事を担うよりよい技術を提供することです。ホスピタリティ産業が、少しずつ変化しているのが研究してわかりました。


多様な著者

——以前から関心のあるテーマだったんですね。でも、これほど幅広いトピックを取り上げられた秘訣はなんでしょうか? デジタルヘルスの章もあれば、高等教育の章も、ほかのサービスの章もあります。

ハン:分野が異なる人と協力することで、この本をつくれました。私はサービスとホスピタリティ分野のコミュニティにいて、イ教授は情報技術など技術系分野のコミュニティにいます。本の章の執筆の募集をかけると、たくさんの応募とアブストラクトが集まりました。たくさんの人たちがこの本に参加したいと思ってくれたのです。

——ジャーナルの特集号として企画したものですか? それとも、まさにこの本のプロジェクトのために募集したのですか?

ハン:この本のプロジェクトのためです。二つの巻に対して、100以上のアブストラクトが集まりました。

——イ教授のネットワークを通じてですか? それともお二人とものネットワークですか?

ハン:私たち二人とものです。イ教授は技術管理、私はサービスとホスピタリティ管理、それにビジネス一般が専門です。私たちそれぞれが関わってきたコミュニティに募集情報を流しました。

——産業界の人たちはどうやって募集を知った、もしくはハン先生たちはどうやって産業界の人たちと連絡を取ったのですか? 以前から関係があったのですか?

ハン:Facebookのいくつかのグループやその他のコミュニティを通じたものです。私はサービス分野の研究者コミュニティに属していて、たとえば研究会やジャーナルの特集号の情報を共有しています。そこに本の章の募集を投稿しました。LinkedInも利用しました。募集情報は2000回か3000回閲覧されました。SNSの力ですね。何かすることや自分の経験を伝えることを人々が求めているというのもあるかもしれません。パンデミックが始まってすぐ、人々は活動を止めて、ロックダウンして、ドアを閉めざるをえなくなり、そのために論文を調べたり本を書いたりする時間も持てたのだと思います。

——そして、執筆者を選んだのですね。大変な仕事だったと思います。どうやって多数のプロポーザルを査読されたのですか? それまでにも同じような経験がおありだったのでしょうか?

ハン:はい。『Cornell Hospitality Quarterly』の編集委員を務めていますし、学術論文の査読の経験は10年くらいあります。それに去年の4月、5月の初めのロックダウンの頃は、二人ともすべての申請を査読することに集中できました。どこにも行けなかったので。

——それは、産業界からの執筆者がこの本に加わることができた理由でもあるかもしれませんね。多様な執筆者がいることはこの本の強みだと思います。

ハン:それぞれの章がどうすればよりよいものになるか、著者たちと緊密に連絡を取って議論もたくさんしました。それぞれの章についてウェブ会議を開きました。私たちが期待していたレベルまで原稿の完成度を上げたかったんです。著者のみなさんもとても協力的でした。

日程

——日程についてお尋ねしたいと思います。いつ計画を立てられて、いつ公募をかけられましたか? また、公募終了までどのくらいの期間でしたか?

ハン:とても早かったですよ。2020年の2月か3月に本の章の募集をすると決めてすぐに、シュプリンガーにプロポーザルを送りました。出版決定まで1か月もかかりませんでした。何度も問い合わせましたし、とてもタイムリーな内容でしたし、私たちは本当にこの本を出版したかったので。それから、4月、5月に本の章の募集をかけました。アブストラクトの提出まで1か月しか設定しませんでした。1か月のうちに、先ほどお話したようにたくさんの申請が届きました。

——2020年の2月といえば、COVIDが出てきたばかりの頃です。本のタイトルは公募を始めた時には決まっていたのですか?

ハン:そうです、本のタイトル『The Future of Service Post-COVID-19 Pandemic』は初めから決めていました。二つのトレンドがありました。一つは技術導入で、もう一つはサービスの変容とマーケティング関連です。

——それで、第1巻は技術寄りの内容で、第2巻はサービスの側面に注目しているのですね。タイトルから想像がつくように、すべてにおいて早い動きですね!

ハン:実際、とても早かったのです。目標に向けてとにかく行動しようと決心していました。

——2020年の4月と5月に、すべてのアブストラクトを受け取って、すべて査読して、最終的な著者を決めたのですか?

ハン:そうです。

——そこからみんなが書き始めたのですね。各章の原稿の締め切りはいつでしたか?

ハン:8月末です。

——みなさん、締め切りに間に合いましたか?

ハン:遅れた人もいました。でも……。

——でも原稿を提出しないと本に入れられませんから、みなさん提出されたわけですね。私たちは12月にOA化の申請を受け取りましたが、その時はまだ制作過程にあったのですよね。

ハン:出版準備中でした。8月末にすべての原稿を受け取って、また査読して、もう一度どう原稿を改善できるかフィードバックを伝えました。9月末にはどの章をどちらの巻に入れるか決めて、10月の終わりにはシュプリンガーに原稿を渡しました。シュプリンガーが本を出版する準備をして、今年の1月末か2月に出版されました。

——この本のなかでCOVID関係の研究も多く引用されていますね。ハン先生や他の方がパンデミックに反応して素早く本を出版されたのは素晴らしいと感じました。

校閲

——各章の原稿がすべて揃ってから、業者などに校閲を依頼しましたか?

ハン:それは著者への要件にしていました。最終稿になった段階で、校閲サービスを受けるように著者に頼みました。校閲は著者の義務だったんです。

——つまり、校閲が採用の条件に含まれていたのですね。

ハン:そうでなければ、とても大変だったと思います。

——日本語で書いた博士論文を英語に翻訳して出版したい研究者の多くは、英文校閲という大きな壁にぶつかります。よい英文校閲者を知らないかと私たちもよく尋ねられるのですが、分野にもよります。校閲者はアカデミック・ライティングや個別の分野の専門用語に通じている必要があります。ただ、英語でのライティングさえできればよく、個別の分野に通じている必要はない、そうでないと訳をめぐり著者と校閲者の間で対立が生じることもあるという意見もあります。英文校閲を依頼した経験はおありですか?

ハン:もちろんです。英語は母語ではありません。私は韓国人です。英語を書き始めた頃は、英語で書くのは簡単ではありませんでした。日本人や英語が母語ではない人たちは、英語で考える練習をする必要があります。言語によって思考様式が少しずつ異なりますから。私も韓国語で書く時は、自然と考え方が違ってきます。日本語で書いて英語に翻訳するとなると、かなり難しいでしょうね。

——ポリッシュ(polishing)というサービスがあります。校閲は文法などをチェックするだけですが、ポリッシュは構成も修正してくれます。私たちもよいアドバイスを検討していますが、常にお勧めしているのはいつも頼む校閲者をつくって、研究内容に詳しくなってもらうことです。

ハン:私はいままでいくつもの国で研究してきましたが、そこにはそれぞれの言語があります。でも、自分たちの知識を共有しようとするなら、英語を書くための考え方に切り替えなければなりません。それが一番よい方法だと思います。単に母国語を英語に翻訳しようとしても、うまくいかないでしょう。広い読者層を獲得したければ、英語で考えて書かざるをえません。

オープンアクセス

——全体としてはどのような経験でしたか?

ハン:この編集本は私が出版した初めての本です。この出版プロジェクトをKURAにサポートしてもらって、とても有り難く感じました。これは貧しい国の学生にとってとても有益で、ナイジェリアから何通かメールをもらいました。図書館などにアクセスできない人たちです。中国からのメールもありました。中国ではGoogleにアクセスできませんが、それでも本をダウンロードしてくれていました。

——本に対するコメントはありましたか? 彼らの役に立っていましたか?

ハン:もちろんです。とくに学生にとっては。何かを書くときには参考文献が必要です。それがアカデミアで行われていることです。でも、彼らがCOVIDのパンデミックに関する論文を書こうとしても、それについての文献を見つけられなかったのです。そこで、この本が彼らの役に立ったのです。

——よいフィードバックがあったというのは、私たちにとっても励みになります。発展途上国の学生は文献がオープンアクセスになっていないと十分な引用文献を入れられません。オープンアクセスの資料なら、国籍によらず誰でもアクセスできます。それがオープンアクセスやオープンサイエンスの魅力です。

ハン:その意味で、KURAの手厚いサポートに本当に感謝しています。

——私たちはハン先生の本がちょうどよい時に出版されたことに感謝しています。いつも予算があるわけではありませんし、当時はシュプリンガーは出版済みの本をオープンアクセスにするプランは持っていませんでした。現在は方針が変わりましたが。状況は変わりつつありますが、先生の本は出版と同時に即時オープンアクセスが実現できた最初のケースだと思います。

ハン:もう一つ触れておきたいのは、多くの教授、研究者が業績リストを増やすために本を書いたり編集したりしているということです。本をつくるために、本をつくる。でも私はそんなことはしたくありませんでした。たくさんの人が本を読んで何かを得てくれるなら、素晴らしいことです。本のための本のプロジェクトではなくて、読者のための本です。

サービス産業と研究者

——研究会も現地調査も突然キャンセルになって、みんながやるべきことを失いました。研究されているホテル業界は、業界全体が危機に陥りました。

ハン:そのとおりです。

——誰も何をするのが正しいのかわかりませんでしたが、ハン先生たちは静かにでも着実に出版準備を進められました。第2巻は読んでいないのですが、きっと産業界の人にとって役に立つだろうと思います。

ハン:この本には産業界からの章もあります。第2巻の第1章は、モルディブからの報告です。モルディブのホテルチェーンがどう……。

——著者は研究者ですか?

ハン:いいえ、人事取締役です。たくさんの従業員が一つの離島からどこへも行けなくなっています。遠隔地の従業員をどう管理し、前向きでいられるように励ましたかを説明しています。別の章の著者は、コロンビアのアマゾン地域にあるリゾートの創始者です。アマゾンにリゾートを建設するプロジェクトを開始していたところ、COVIDのパンデミックで中断せざるを得なくなり、それで現地の人を雇用して一緒にやっていくことになりました。

——サービス産業は面白いですね。世界中のどこにでもありながら、たくさんの異なる文化、異なる経験、異なる地域の現実を含んでいます。

ハン:サービスの基準は様々です。「サービス」とはなにか、「良い質」とはなにか? サービスの質について話しているときの「良いサービス」とはなにか? 質が良いと言うときに「サービスの質」とはなんのことなのか? 私たちはよくそんなことを議論しています。

——そして、サービスは経済と人々の生活に深く関わっています。先ほど触れられたサービス分野の研究者の方たちはどちらのご出身ですか?

ハン:世界中です。私はいくつもの国で研究してきました。アメリカ、ロシアのモスクワ、ヨーロッパ各国、中国、そして現在は日本。だから私には多様な背景、家族、友人があります。

貧しい国にもサービス分野の研究者がいて、自分たちの国のサービスを向上させたいと思っています。発展途上国では、たとえば交通システムが貧弱です。問題はインフラですが、研究者たちはインフラの開発にサービスの視点を取り入れようと努力しています。とてもよい挑戦だと思います。

——まだ最後まで読んでいないのですが、マレーシアの病院のケースを扱った章はとても面白そうです。パンデミックと技術への認識が、いかに医師が技術を効果的に使うのに影響するか。このケースではデジタルトランスフォーメーションが明確に進んでいました。技術の使い方が認識を変え、従来の医療のやり方を変えました。

ハン:イタリアの病院のケースでも、オープンアクセスが重要な働きをしています。私は考えてもみなかったことです。

——日本ではまだ医療情報へのアクセスは非常に限られているので、状況を変えなければなりません。

オープンサイエンス

——オープンサイエンスについてもう少しお聞かせください。オープンサイエンスへの注目は高まっています。たとえば、欧州委員会がオープンサイエンスを優先課題にしています。多くの人がこれまでの会議スタイルも改めるべきだと言っています。旅費を払える人たちだけが会って、コミュニティをつくって、自分たちの間で引用しあうのは公平ではないからです。研究を行うなかで、先生ご自身にもそういった変化が生じていると思われますか?

ハン:そう思います。この本を準備しているときに、著者たちと話したいと思いました。書かれたものだけでは、その章で何を本当に言いたいのか、理解したり、感じたりできなかったのです。ウェブ会議で何度も議論して、そこにどんな人間的要求が込められているのかわかるようになりました。著者たちは、アカデミアで共有するだけでなく、世界に向けて伝えたい内容を持っていました。

多くの研究者は高いランクのジャーナルを目指して、インパクトファクターの高いジャーナルで論文を発表しようとしてきました。でも、インパクトファクターは、あるジャーナルで発表された論文が他の論文で引用されているということでしかありません。もし研究が引用数を増やすためだけに必要とされるなら、何の意味もありません。高いランクのジャーナルに掲載されている論文でも、どう生活するか、どう仕事をするか、そのほか実社会に関係することにはあまり助けにならないものもあります。でも、オープンアクセスを取り入れて、研究をできるだけたくさんの人と共有するなら、これまでとは違うものをお互いに学べるかもしれません。

——ジャーナルの特集号にも当てはまることなのかもしれませんが、本のように大きなものがこれほど深いやり取りを可能にしたのでしょう。

ハン:そうですね。それに、ジャーナルの論文だと、多くの研究者や大学教授は偏った判断を下すのではないかと思います。私も同じかもしれません。彼らは何か知っているのかもしれませんが、投稿論文を読むときにはあまり新しいものを受け入れようとせずに、辛辣な査読意見、掲載拒否通知を書きます。でも、このような機会がもっとあれば、様々な分野、様々な産業からのいろいろな視点や意見を取り入れられるでしょう。

——日本の政策に関わる人たちは、新しい科学技術・イノベーション基本法は自然科学や工学だけでなく、人文社会科学も対象にしていると言っています。政府は「総合知」、つまり包括的な知識を熱心に推進しています。総合知の定義はこれからさらに議論されると思いますが、基本的には知識をオープンにして、一般社会がアクセスできるようにし、また異なる分野が協働するようにしようとしているのだと思います。彼らが推進しようとしているのは学際的な研究です。ハン先生が情報技術の専門家や社会の人たちと一緒にされた仕事は、新しい政策と方向性が一致しています。

これまでの研究でもされていたことかもしれませんが、今回のことは様々な国、産業界の様々な集団に属する人たちに働きかける機会になったと思います。これは新しい経験でしたか?

ハン:はい、新しい経験でした。会議でいろいろな人と会うことはあっても、1時間を超えて交流するようなことはありませんでした。少し交流して、さよならと別れる。でも、この本のプロジェクトでは、お互いをよく知ることができ、Eメールやウェブ会議でよい対話を持てました。いまでも多くの著者と連絡を取っていますし、彼らはまた一緒に仕事をする機会を楽しみにしてくれています。本当によい経験だったので、京都で会議を開くことを考えています、オンラインではなくて。ウェブ会議はもう十分にやりました。みんな喜んで来てくれるでしょう。

——きっとそうだと思います。京都は会議をするのにとてもいい場所です。

ハン:申し分のない目的地です。

——もうお答えいただいた面もありますが、この本での経験は今後の研究活動のあり方を変えると思いますか?

ハン:はい。もう変わりました。引用数を上げるために高いランクのジャーナルを狙うのはよい考えではないかもしれません。新しいもの、これまでと違うもの、様々なものの見方、新しいものを受け入れる気持ちを本当に求めている人たちともっと経験を共有したいのです。

——励みになるご経験を共有していただき、どうもありがとうございました。

インタビュー日付:2021年12月22日