C研究・教育活動のための基盤に関すること
C-2 新たな成果公開の方法に挑戦したり、オープンサイエンスを実践したい!
2022/03/25

海外出版書籍オープンアクセス化 インタビューシリーズ(2)

海外で出版した外国語の書籍を、更に多くの人に読んでもらいたい−KURAで実施した海外出版書籍のオープンアクセス(OA)化事業を通じて、40を越える本や章がOA化されました。プログラムを利用して書籍をOA化した研究者に、OA化の目的やメリットについてお伺いしました。

文学研究科 横地優子教授

東京大学大学院人文科学研究科修士課程印度哲学印度文学専攻修了。グロニンゲン大学神学部博士号取得(インド学)。高知工科大学助教授等を経て現職。専門分野はサンスクリット文献学、古代・中世インドの宗教文化。プラーナとよばれる文献と歴史・考古資料を併用し、3~12世紀のヒンドゥー教――特にシヴァ教と女神信仰――の歴史の再構築をめざす。

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Brill社から出版された単著 The Skandapurāṇa III Adhyayas 34.1-61, 53-69: The Vindhyavāsinī Cycleを2019年度に、Hans Bakker, Peter Bisschop と共著のThe Skandapurāṇa Volume IIb Adhyāyas 31-52. The Vāhana and Naraka Cycles を2020年度にオープンアクセス化。Groningen Oriental Studiesシリーズの一部、The Skandapurāṇa プロジェクトのうち、それぞれ第3巻、第2B巻に当たる。

この本について

——はじめに、このスカンダプラーナ・シリーズがどういう位置づけのものか、教えていただけますか? 横地 「スカンダプラーナ」は、600年ごろに作成された初期のプラーナ文献の一つです。プラーナ文献とは、インドの数ある神話の中でも、初期ヒンドゥー教の神話を描いた文献で、日本の『古事記』に似ています。ヒンドゥー教のなかでもシヴァ信仰の初期の宗教集団であるパーシュパタ派と関係が深い文献でもあります。ネパールに伝わる9世紀の写本2本が現存しており、この写本はインドのサンスクリット叙事詩・プラーナ文献の写本の中で最古のもので、ネパールのユネスコ文化遺産の候補にもなりました(文化遺産として登録されたのは別の9世紀の写本)。スカンダプラーナ・プロジェクトはこの作品の校訂とその形成・内容・伝承過程の研究を目的とするプロジェクトで、1990年代にオランダのGroningen大学を拠点として開始されました。その後中核メンバーを変えながら継続しており、現在の中核メンバーは横地とライデン大学のビショップ教授です。今回OA化されたのはスカンダプラーナ・シリーズのうち、第2B巻と第3巻で、全183章から成る作品のうち、第2B巻は第31から52章、第3巻は第34章前半と53から69章を校訂し、英語のシノプシスと序章とともに出版したものです。第2B巻は、重要なシヴァ神話の一つであるダクシャ神話、タネーサルの縁起譚、詳細な地獄の記述などを含む部分で、第3巻は、私の博士論文の主資料となったヴィンディヤ山の女神神話サイクル全体に相当します

書籍のオープンアクセス(OA)化について

——先生のご著書のうち第3巻を本事業でオープンアクセス化(以下、OA化)したのは2019年度でしたが、OA化後の第3巻のダウンロードデータがこちらです。

 

2020年3月

2020年4月

2020年5月

2020年6月

合計

268

205

621

590

1685

84

18

18

13

133

横地 結構多いですね。初版で印刷したのは200部ぐらいだったと思うので、印刷した部数よりずっと多いです。

——今回OA化を希望された背景などお聞かせいただけますでしょうか。

横地 このもととなる書籍の出版には複雑な経緯がありました。もともとの出版社はBRILLではなかったのですが、そこがもう廃業するということで全部版権をBRILLに売ったのです。この第3巻に関しては、最初に刷った分は全部売り切れ、売り切れた後BRILLでは増刷せずオンデマンド印刷となっています。実はごく最近ようやく国際雑誌にそのレビューが一つ載りました。その書評の著者も、書籍を注文したらもうオンデマンドしかなかったとのこと。オンデマンド印刷のものは書籍自体も文字のサイズも小さくなりかつ紙質も悪くて読みにくいと、あまり評判がよくありません。今回それがオープンアクセスになったので、ダウンロードしてきれいなものを読めるというのは非常に有り難いです。

——そういう経緯があったのですね。

横地 初版本としては、紙質もよくかなりいい製本ですが、かなり高額です。

——初版を限られた部数のみ印刷というのは、古典をやっている主要大学や研究機関の図書館に入れるという想定ですね。

 横地 そうです。基本的には大学図書館が買うことを前提とした設定だと思います。中身も半分以上がサンスクリットのテキストですから、普通の人が読むものではないですし。ただ、そうすると、われわれの分野の場合、インドの研究者の手に入らないということが問題です。われわれの分野を扱うインドの大学の図書館でも買えないという話になってしまう。そこが一番ネックです。研究書の場合など、欧米で出版した後インドの出版社でリプリント版を安い値段で出すことも結構あります。ずっと安いので、学生のときなどは私もインド版を買っていました。

——もともとこのSkandapurāṇaシリーズで何冊か出していらして、既にホンダ(Gonda)・ファウンデーションからオープンアクセスに関して支援を得られたとも伺いました。

横地 このシリーズそのものがホンダ・ファウンデーションの資金援助を得て出版しているシリーズで、第4巻と最新の第5巻は最初からオープンアクセスで出しました。ホンダ・ファウンデーションは、オランダのヤン・ホンダというライデン大学のインド学の大大家がいらして、亡くなった後に、彼の遺産で作られたようです。そのホンダ・ファウンデーションで、このフローニンゲン・オリエンタル・スタディーズのシリーズと、ホンダ・インドロジカル・スタディーズというシリーズ二つが作られました。それをまるごと、これまで出版されたものも含めて全部BRILLに売ったという形です。

——スカンダプラーナのシリーズの本が最初に出たのは1998年でしたが、シリーズの編纂を含めオランダなどのヨーロッパの研究者と共同研究をされる中で、書籍をオープンアクセスにする動きは割と早くからあったのですか。

横地 このシリーズの場合、第4巻、2018年からオープンアクセスになっています。

——それは出版と同時にオープンアクセスにされたのでしょうか。

横地 はい。最初からBRILL Openになっています。このちょっと前ぐらいから、特にERC(European Research Council)などヨーロッパで資金援助を得ているような学術出版の場合に、オープンアクセスにしないといけないという条件のようなものが増えてきました。みんな、オープンアクセスいいよね、どんどんダウンロードできるし、という感じで進んできたと思います。

——それは、ERCなど資金配分機関のファンドを使ってオープンアクセスにしているということですね。

横地 ええ、そうだと思います。BRILLは昔からeテキスト化には非常に熱心です。この第4巻からは、最初からBRILLでの出版になったこともあり、ホンダ・ファウンデーションに交渉したらオープンアクセスで出してくれるということになりました。

オープンサイエンスと学習者の広がり

——以前、われわれが研究成果の発信についてインタビューさせていただいたときは、文献学のご研究の内容としてテキストの保存が重要で、それをちゃんと校訂で残していかなくてはいけないため、オープンサイエンスというとまずは原本のデジタル化が前提とされなくてはいけないということをお話として伺ったと思います。

横地 原本というのは、その場合はおそらく写本です。

——写本のデジタル化がまず従来からの流れとしてあり、その上に最近は校訂本のOA化が並行してあるという感じですね。こういう流れの一部としてOA化を見ると、その効果として、研究者コミュニティーの広がりだとか、学習者層の広がりだとか、そういうことにつながることはあるのでしょうか。

横地 ものによりけり、ですね。この校訂本だとかなり専門的なので、金額的にも学生にはちょっと買えないですから、OA本は学生にとって非常に便利です。図書館にあるといっても、京大や東大、阪大ぐらいならありますが、普通の地方の大学で手に入るわけはないので、そういうことを考えると、学生や院生、若手の研究者には非常に便利だと思います。それと、やはりわれわれの分野だと、おかげでインド人研究者の間の認知度はとても高まります。手に入らないと存在そのものが知られていないわけですから。

——今回ジャーナルでレビューされたということですが、それで読者層がある程度増えるかもしれないですね。ダウンロードデータを見ると、4月から5月に結構増えているのですが、何か広報されたタイミングなどあったでしょうか。

横地 プロジェクト仲間のライデン大学のピーター・ビショップ教授が、国際的なインド学のメーリングリストで告知したことが影響しているかも知れません。このほか、一度南アジア研究関係のポッドキャストに招かれ、私とビショップ教授とで、Skandapurāṇaシリーズの最新第5巻について話をし、このシリーズの話もしました。ホストによると、結構視聴者数が多いということなので、さらにその後増えているかも知れません。

——そういった告知などで伸びている可能性はありますね。こういう機会を通じて、主には学習者、研究者にとってのリソースとしてOA書籍が活用されているということですが、その延長で研究者人口が増えるということは考えられないでしょうか。

横地 それは世界中でポストがない状況なので無理ではないかなと。ただ、中国の場合、サンスクリットを大学で学べるところは非常に限られているものの、学習者は増えているようです。中国ではこれからインド関係の研究者が増えると思います。これまでが非常に少な過ぎたとも言えますが、それもほとんど仏教学という感じだったので、それ以外のインド学がこれから増えていくと思います。今、うちで博士号を取って上海で教えている若い研究者もいます。インドの天文学が専門ですが。おそらく中国で唯一のインド天文学の専門家だと思います。

国際共同研究について

——扱っている文献や時代によっても違うとは思いますが、サンスクリット研究コミュニティーとしたら今はどの辺りの国や地域がリードしているのですか。

横地 基本はやはりヨーロッパ、アメリカ、日本です。今は、仏教系など韓国、台湾、中国の研究者なども増えています。東南アジアのタイなども同じ傾向です。でも、主流はやはりヨーロッパとカナダも入れた北米、そして日本です。日本の研究者は基本的にどこでもきちんとした研究をします。

——ヨーロッパでも多いのはオランダやドイツでしょうか。

横地 いえ、フランスやイタリア、オーストリア、ベルギー、スイス、イギリスも、ですね。特にイタリアの研究者がどんどん増えています。前から多いのだと思いますが、イタリア内だと職がないのか、特に若手の研究者がどんどん海外に出ています。そして、東欧、特にハンガリーとポーランドの研究者も元気です。ベルリンの壁崩壊後、東欧でのインド学の復興が顕著です。

——どこも厳しく、ポストは限られているけれども、復興している地域もあるということですね。EU域内で研究者や研究費の流動性が高まっているということも背景にあるでしょうか。

横地 ええ。われわれの分野で最近目立つのは、ERCのかなり大きなプロジェクトを獲得して共同研究するのが流行りみたいです。日本の科研費などより額が大きくて、かつ、もう少し人数の多いプロジェクトです。

——先生ご自身で国際共同研究、さっきおっしゃったような韓国、台湾、中国などの研究者と一緒に研究する機会は増えてきているのですか。

横地 国際的な研究はこの分野だとどんどん増えてはいます。私の場合だと、メインはこのオランダ、ライデン大学の研究者とのものをずっと続けていて、私は科研費、彼はオランダ科学研究機構(NWO)の研究費をそれぞれ獲得してやっています。もう一つはナポリ東洋大学の研究者が中心になっているERCプロジェクトがあります。その一部で章別のテキストの校訂をすることになり、それにはインド人研究者のほか、日本人研究者も海外特別研究員でナポリに行くなどして参加しています。私自身はその二つが主な国際共同研究になります。

——そういうヨーロッパの状況に比べると、日本ではERCみたいな形で国際共同研究を促すようなファンドがあまりない、ということでしょうか。

横地 科研でも国際共同研究などはあるのですが、ラボや機関単位の連携を前提にしているような印象です。人文系だと、この大学に1人いてこっちに1人と、個人のつながりで共同研究をすることが多いので、そうするとなかなか申請、アプライしにくい気がしました。

——確かにそうかも知れませんね。そのほか一般論として、ある程度の規模の金額で、ある程度の期間長く安定して研究費が確保できるとそこにリソースが集まってきて、研究の中心になりやすいというお話を以前伺いましたが、そうするとやはり日本のファンドだとある程度の長さといっても限られるので、そこに難しさがあるのでしょうか。

横地 今のところ科研費で4年、5年というのがせいぜいという感じですね。でも、それはオランダなどでも同じです。例えばSkandapurāṇaプロジェクトで、20年計画で全部やりますとか、それはできません。NWOもやはり4年。例外的にガンダーラの仏教関係など10年単位のグラントをもらってやっているプロジェクトがありますが、それはあくまで例外です。研究期間よりもむしろ、複数国の個人が連携して研究活動するなど、人文学の共同研究の形にも合ったより柔軟な国際共同研究の形も含むような設計が求められると思います。

デジタル・ヒューマニティーズについて

——もう一つ、ファンドの傾向として見ると、オープンサイエンスの流れで、デジタル・ヒューマニティーズに関して今後関心が高まるかも知れませんが、ご研究の分野ではいかがでしょうか。

横地  最近だと、デジタル・ヒューマニティーズ、デジタル人文学として、校訂そのものを出版の形ではなくWeb上でいろいろリンクを張って、クリックすると注釈や訳に飛んだり、検索もできたりという、そういうシステムを作っていくのが最先端だと思います。ただ、そちらのほうに関しては、研究者によってスキルが異なるので、これをやるとこういうメリットがあるとか、どう入力すればどう出るのか、教えてくれるような初心者向けのセミナーがあると良いと思います。われわれインド学でもそういう情報系のことに詳しい人はいるのですが、そういう人の話はだいたいついていけないです。用語そのままじゃ何を言っているかわからなくて。

そういうリテラシーというか、人社系研究者にデジタル・ヒューマニティーズのいろは的なものを教えることが必要だと。

横地 そうですね。皆さん忙しいので、オンラインなどで参加しやすいような形でやってもらうのもいいかなと思います。分野ごとの特徴もあるので、どの程度一般的なものでできるかは分からないですが。やはりこれからは、科研費プロジェクトなどでもどんどんWebサイトを作ってという話になるでしょうし、こちらで作ったテキストをWebサイトに上げるため、1人は技術的に詳しい人に入ってもらって、ということが必要になってくるのかなと思います。テキストも、校訂の最初の段階からそういうプログラムを作り、本で出版しないでWebサイト上で出版してみんなで使えるようにすると、改訂も簡単ですし、それが今後は主流になるのかなと。

——そうして最初からオープンにしていくということですね。

横地 インド学はまだでしょうけど、欧米の、例えば聖書の古い写本とか、そういう研究ではおそらく既にやっていると思います。クリックするとそこから写本に飛べるとか、写本の特定の箇所に飛ぶとか。ただ、そういう場合に、業績としてどう評価されるか、ということは課題だと思います。

——そういう技術的な素養も研究者が身に付けていくとしたら、ある程度分業になっていくのかもしれないですね。技術的なサポートをすることも研究のプロセスとして評価したり。

横地 今後、そういう技術的サポートがすごく必要になってくるのではないか。確かに、業績としてどう認めるかは重要な課題です。情報系に強い人はみんなに頼まれるけれども、本人は自分の研究で本を出したり業績を積みたいということがあるので、なかなか就職のための業績などでも、今はそういった作業は評価されにくいですね。
 今後、そういうホームページ上で校訂や写本、それ以外、文献学でなくても、人類学とかそういうものでも、現地で撮ってきた写真とかをうまくWeb上でも組み合わせるみたいなことは求められるでしょう。

——データベース自体は結構ありますが、デジタル・ヒューマニティーズとしてその研究に活用できるようなプラットフォームとなると、まだそれほどないですね。その場合、研究者ではなくて、そういう作業に詳しい、Web作製業者みたいな、特殊技術として引き受けてくれるところがあるといいかも知れませんね。

横地 そこのインターフェースができる人がいればいいということは言えますよね。その専門に合わせた形で、このようにしてほしいということが言えるような。われわれだと、いったい何をどう頼めばどうなるとか、そこから分からないので。具体的な作業は外注でできても、どういうフォーマットにしてほしいとか、そういうことを、その中身が分かってきちんと伝えられる、研究用にこう応用してほしい、といったことを言える程度の知識は外注の場合でも必要ですね。文献学だと、テキストの検索ができることが非常に重要です。「大正大蔵経」などは学会でもデータベースづくりをやっていますが、一般的には、われわれの分野だと各自が、自分が作ったいわゆるeテキストを公開して、それがGöttingenのGRETILなど、そういったまとめているようなところにリンクを張ったり、あるいは、単にお互いに交換し合ってやり取りはしているのですが。そういう検索できる、「grepできるeテキスト」が非常に重要ではあります。

——オープンアクセス書籍から、デジタル・ヒューマニティーズの最先端まで、幅広いお話をありがとうございました。

インタビュー日付:2021年12月13日