A研究・教育活動に関すること
A-1 研究を深めたい!
2019/04/04

解決のヒントをくれるのはこの人!

京都大学の経済学研究科には、行動経済学の研究のフィールドのひとつとして、クラウドファンディングを取り上げて、しくみに精通している研究者がいます。また、文学研究科にはイギリス近代史を通してチャリティ文化・福祉社会の起源について研究している研究者がいます。二人の研究者から、この頃のクラウドファンディングを含む、寄付行動の動向や展望についてお話を伺いました。

文学研究科金澤周作 教授
経済学研究科佐々木周作 特定講師

金澤周作 京都大学大学院文学研究科博士後期課程修了。京都大学博士(文学)。川村学園女子大学文学部准教授を経て,2009年より京都大学大学院文学研究科准教授、2018年より現職。主な著作に、単著『チャリティとイギリス近代』(京都大学学術出版会、2008年)、編著『海のイギリス史――闘争と共生の世界史』(昭和堂、2013年)、共編『英国福祉ボランタリズムの起源――資本・コミュニティ・国家』(ミネルヴァ書房、2012年)など。卒業論文の提出数日後に阪神大震災が発生、その後の福祉の考え方の大きな変化は研究テーマに影響を与えた。

佐々木周作 京都大学経済学部卒業後、三菱東京UFJ銀行、大阪大学大学院などを経て現職。博士(経済学)。専門は、応用ミクロ計量経済学、行動経済学。主要業績として、「Majority size and conformity behavior in charitable giving: Field evidence from a donation-based crowdfunding platform in Japan」(Journal of Economic Psychology)などがある。また、新刊『今日から使える行動経済学』(ナツメ社)を2019年3月に出版予定。入行3年目に東日本大震災が発生し、多くの人が寄付やボランティアを行う様子を目の当たりにして支援動機に興味を持ち、研究者を志すことになった。

現代の研究者はサラリーマン的

寄付で研究費を募るというのは歴史的には珍しいことなのでしょうか。

金澤:研究者が、国からであれ特定個人からであれ他者からの金銭的支援に依存して自分のやりたい研究を遂行するというのは、長い歴史の中では、比較的新しい現象のような気がします。欧米では19世紀になっても、大学からの給料に依存しない在野の学者が最大級の影響力を持つことがしばしばありました。イギリスでいうなら、チャールズ・ダーウィンやジョン・スチュアート・ミルなどがその好例です。何が言いたいかというと、20世紀後半以降の私たちは、歴史上初めてサラリーマン的な研究者なのです。セレブでも何でもない大半の研究者は、給料をもらわないと生きていけず、研究費をもらわないと研究もままなりません。これこそ新しい状況じゃないのかな、と思います。そして、そのように社会において全く無名の研究者がお金を募るということは、新しい現象だと思います。

市民によるチャリティの力が認識されたできごと

金澤:僕が研究対象とするイギリスではチャリティの存在感はいまでも非常に大きいです。さまざまな問題を抱えつつも“医療費ただ”の仕組みが原則として維持されており、全部税金で賄えばよいはずですが、それでもチャリティをやるんです。日本では阪神淡路大震災が起きた際に、突然“ボランティア”という言葉が国内で広く使われるようになりました。

そうした変化は震災のどのような側面が引き起こしたものなのでしょうか。

金澤:端的には国家の権能の限界が露呈したことでしょう。阪神大震災では多くの人々が亡くなりインフラも壊滅的な影響を受けました。しかしながら災害の早い段階から国の支援が届かなかったところに市民のボランティアが入った。いざというときには、実は市民には力があるのだということが、悲劇的な事態の中から認識され、実際に多額の寄付も集まりました。

佐々木:東日本大震災の復興過程でも、多くの日本人が寄付をして、ボランティア活動を行ったということは統計データから確認できます。一方で、東日本大震災の後、寄付やボランティアが日本人の中に根付いたかと言うと、明確に言い切るためのエビデンスがまだありません。日本全体の寄付総額は、東日本大震災のあった2011年に大きく伸びました1。同年の寄付税制の大改革2は、平時の寄付を促進する原動力にもなるはずでしたが、実際には寄付金額は翌年に落ち込んでいます。つまり、震災を挟んで大きく増額しているとは言えません。2011年の出来事がきっかけで平時の日本人の寄付やボランティアが促進されたか、を判断するための研究がまだまだ必要です。

一方で、京都大学の研究活動への寄付件数は、過去10年間で約6倍に増えています3

佐々木:寄付先の違いによらず、寄付者の動機には多くの共通点があります。私の専門の行動経済学では4、大きく4つの寄付動機があると言われています。一つ目は「純粋な利他性」で、相手の状態が改善するとそれに連動して自分も嬉しい、だから寄付する、というもの。二つ目は、寄付する自分が好き、という「自己満足的な喜び」です。三つ目は「同調性」で、多くの人が寄付しているから自分も寄付する、というもの。最後の四つ目は「互恵性」で、相手が以前親切にしてくれたから寄付する、お返しをしてくれるはずだから寄付する、というものです。
以前「アカデミスト」という学術研究専門のクラウドファンディング・サイト(以下、CFサイト)の運営者に教えてもらったのですが、彼らのアンケートによると、支援者には様々なタイプがいるようです。例えば、研究者や研究活動を重視する、純粋に利他的な支援者や、論文に名前が掲載されるリターンなどを期待する、互恵的な支援者です。

金澤:歴史的観点からもすごく共感できるお話です。純粋に研究者を支援する場合と、なにか見返りを期待して支援する場合があるというのは、“まじめ”な動機と“楽しみ”の動機の2つがある、と言い換えることができます。日本での寄付やボランティアは “まじめ”主義的で、そこには“偽善”への警戒がつねにつきまとってきました。しかし、歴史上、イギリスで流行した投票チャリティ5は現代の感覚からすると極めて不謹慎です。“まじめ”一辺倒よりもむしろ、寄付者は面白みや不謹慎で不純な楽しみがあるから続けられているところが非常に大きいのだと思います。

日本に寄付文化は根付くか?

日本には寄付文化がないんじゃないか、だから寄付にしろCFにしろ限界があるんじゃないか、という声を聞くことがあります。

金澤:寄付文化の定着にあたって、現在の日本で壁があるとしたら、福祉国家体制下で知的ヘゲモニーを握ってきたリベラル系の人たちでしょうね。寄付文化は平等や自由や公正の理念と相容れないように見えるから、生理的な嫌悪感があるのだと思います。イギリスでは、人は平等であるべきというところから出発していなくて、個人にはそれぞれ事情があり境遇が違うから、境遇のましな人がそうでない人に支援して何が悪い?という考え方がされています。コミュニティがそれで豊かになるならいいではないか、と。日本の人たちは、20世紀半ば以降、善かれ悪しかれ数十年かけてそういう感覚を失っていってしまったのではないでしょうか。

佐々木:「自分は努力の結果成功したのだから、稼いだお金を寄付や税金に回したくない」「貧しい人の現状は彼らが努力しなかった結果で自己責任だから、支援する気にはならない」と考える人がいます。経済学の研究6によると、大学を卒業するタイミングで不況に直面した人は「社会的成功は努力よりも運で決まる」という価値観を持ちやすい。言い換えれば、たまたま好景気で優良企業に就職した人が、それを努力の結果だと思いやすいということです。社会的地位の高い人には、そんな考えを持っている人が多いのかもしれません。日本社会に寄付文化を根付かせるには、自分の現在の立ち位置は偶然や幸運によるところが大きい、という意識を育むことが大事だと思います。また、“まじめ”な動機でのみ寄付すべきだ、と思い込む日本人が多いように感じます。寄付者の名前や肖像画が飾られることを求めて寄付するのは恥ずべきことだ、というような考え方です。日本の非営利団体でファンドレイジングの工夫がまだ進んでいない背景には、このような日本人特有の意識があるのかもしれません。文化や意識を変えるのは大変ですが、初めて寄付する人は、お返しにつられてやってみる・他の人が寄付しているからやってみる程度のところから始めてよいと思います。

寄付を集める人はどうなっていく?

寄付者同士の互恵性や同調性をうまく活用するというのは、寄付を集めるための一つのアイデアですね。研究のために寄付を募るCFは、研究者にとってどのようなものになっていくのでしょうか。

金澤:学術支援のCFがひとつしかなければ民間の科研費のような、研究者間の競争になってゆくと思います。研究者は申請に必死になるし、大学は体験談を収集したりマニュアルをつくることになるでしょう。誰が勝つかといえば、大きな大学、これまで研究費をとり、既に成果をあげている人が勝つことになると思います。

佐々木:そのような状況になるにはまだまだ時間がかかると思います。大学には科研費の獲得ノウハウの方が蓄積しているので、意外と面倒そうなCFではなく科研費に応募しておこう、と考える研究者の方が当面多いでしょう。それに、科研の獲得能力とCF成功能力は正に相関する、というのが私の仮説です。科研費で採択されにくいような学際的な研究プロジェクトなどをCFサイトで発表して、市民に問いかけて支援を募る、というのが近い将来の一つの理想像だと思います。

金澤:意欲のある学生、例えば留学したい大学院生、博士号がない段階で研究資金が必要な人など、若い世代にも需要がありそうですね。

国以外にも頼れる先はある

研究者にとってCFは、一般の人と直接の接点を持つことができるので、ただ単に研究資金を得る手段以上の役割がありそうです。

金澤:仮にこれまで日の目を見なかった研究に対して、市民が援助してくれるという機運が盛り上がるとしたら、その支援のコアになる人というのは、先に言及したリベラルな人だと思いますね。所得の再分配が進んでいるわけでもないし、公的支出が学術に増えるわけでもないし、かといって税収が増えたり財政が健全化したりする未来が簡単にやってこないこともよく理解している人たち。学術でも政策的に格差が作りだされている側面がある中、市民の力でそれを是正するんだ、寄付文化と社会民主主義は両立するんだ、という“まじめ”層へのアピールはありえますね。

佐々木:京大の卒業生やファンには、そういう考え方の人が多いかもしれませんね。

金澤:国家福祉が人類史のゴールのように思わされてきましたが、震災をきっかけに判ったように、もしかしたら、これまでも基盤にあったのは市民の間で支えあうことだったのかもしれません。国が研究者を支える大きな役割を果たすことはこれからもおそらく変わりませんが、CFのようなものを通じて研究者は、小さな研究の種にロマンを感じてくれる身近な支援者を自分たちで見つけ、その期待に応えるように、ささやかだけど「面白い」研究をしていこうと思えるようになったらいいですね。市民が義務ではなく権利として寄付する感覚になれば、持続的な共同意識が醸成され、安定して学術研究を行うことができる世の中になる気がします。夢のような話ですが。

( 聞き手 仲野安紗 )

1寄付白書 http://jfra.jp/research 日本ファンドレイジング協会で発行している寄付の動向に関する調査研究の成果資料。2010年に創刊。

2平成21年度税制改正大綱 https://www.kantei.go.jp/jp/kakugikettei/2010/h23zeiseitaikou.pdf (内閣府発行 平成22年12月16日閣議決定) 幅広い所得層で税制上のメリットが拡大する改革内容で、日本人の寄付を促進する原動力になることが期待されている。一方で、米国や英国と違い多くの日本人の所得税は源泉徴収されていて、寄付税制の優遇を受けるためにわざわざ確定申告する必要がある。その手続きが敬遠されるため、改革の効果が限定的になっている可能性がある。

3京都大学ファイナンシャルレポート http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/about/public/issue/financial_report

4佐々木・石田・坂本(2017)「第2章 人はなぜ寄付をするのか:NPO研究、行動経済学の知見から」『寄付白書2017』日本ファンドレイジング協会

5投票チャリティ 19世紀に英国で流行した、寄付者が寄付額に応じて有する票を投じて救済を求める候補者の中から一定数を選挙で選ぶ、という方式。金澤周作著『チャリティとイギリス近代』(京都大学学術出版会、2008年)第3章第4節に詳しい。現代の日本をはじめ世界中でみられる、ファンや視聴者や読者が投票して「お気に入り」を勝たせる(≒救済する)方式――気に入らないものを排除する方式でもある――とも通底するところがあるだろう。

6緒方・小原・大竹(2012)「努力の成果か運の結果か? 日本人が考える社会的成功の決定要因」『行動経済学』第5巻, 137-151.