「出版か死か(Publish or Perish)」の呪縛から研究と研究者を解き放つための挑戦
かつては研究を促進し牽引する役割を担っていたジャーナルの存在が特定媒体の偏重やインパクトファクターの過度な重視による研究の歪みを招いている。質を保証しつつ素早く研究成果を公開する仕組みをいかに実現するか。ジャーナルから研究を切り離すことで新たな成果公開と研究評価の仕組みを構築したレベッカ・ローレンス氏にうかがった。
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講師のRebecca Lawrence氏は、新しいオープンサイエンス出版プラットフォームF1000の代表取締役で、最近のWellcome Open Research、Gates Open Researchなどプラットフォームの設立にも貢献しました。欧州のオープンサイエンス政策の開発・実施に向けた提言をする専門家グループである、欧州委員会のオープンサイエンスポリシープラットフォーム(OSPP)のメンバーで、特に次世代の指標に関するワーキンググループと、総括アドバイスの議長としてとりまとめを担当。米国国立アカデミー(NASEM)の先進ワークフロー自動化委員会のメンバーのほか、Research Data Alliance(RDA)やORCIDにおいては、データとピアレビューに関するワーキンググループの共同議長を務めました。データポリシーおよび標準化イニシアチブ、FAIRsharing、およびDORA(サンフランシスコのResearch Assessment評価)の運営委員会のメンバーでもあります。
出版プラットフォームF10001でローレンスさんたちが実施されている取り組みの核は、「出版か死か(Publish or Perish)」の呪縛から離れること、出版・公開と評価とを分けることだと理解していますが、これは実現可能でしょうか。イギリスおよび欧州の現状はいかがですか。
レベッカ・ローレンス:「Publish or Perish」の呪縛は本当に重大な問題です。この呪いが研究者と研究に強く作用して、多くの問題を引き起こしています。いまだに研究者の多くが、評価や資金を得るために、ある特定の媒体で特定のタイプの論文を発表したり、出版物を刊行したりする必要があるという考えに凝り固まっていて、それが研究行動を歪めています。イギリスでもこの問題の重要性は認識されていますし、ヨーロッパ全体でもこれに代わる別の研究評価法を使い始めた機関や国は増えていると感じます。たとえばフィンランドはこの取り組みの先頭を走っていて、研究と研究者を評価する新たな試みを始めています。2
フィンランドの事例は合理的で興味深い提案だと感じました。なぜあのような取り組みが可能になったのでしょうか。
レベッカ・ローレンス:おそらく適切なポジションに適切な人材がいるのでしょう。フィンランドの政策機関や図書館などで働く私の知人はみな、オープンサイエンス、オープン・リサーチに向けてシステムを変えることに積極的です。研究評価と出版に関する問題の解決は集団で取り組むべき事柄で、すべての利害関係者が一致協力して集団行動をする必要がありますから、適切な場所に適切な人材が同時にいることが重要なのです。
オランダでも、オープンサイエンスの実現に向けた同様の動きは見られます。オランダには、ヨーロッパにおける最初のオープンサイエンス・コーディネーターで、European Open Science Cloud(EOSC)を率いているKarel Luybenがいます。フィンランドはこのオープンサイエンス・コーディネーターというアイデアを取り入れていますね。
2019年の9月には、EOSC全加盟国の担当者を集めて国家レベルでオープンサイエンスへの移行に取り組む、あるいはそれに向けて利害関係の調整をする会議が開催されます。
質を担保しつつ早期の公表を実現するF1000 Research
オランダやフィンランド、さらには欧州全体での研究評価を見直そうという動きが、オープンアクセスを義務づけるプランS3の原動力にもなっていると考えていいのでしょうか。
レベッカ・ローレンス:ある程度の重複はあると思いますが別物です。プランSはジャーナルの出版システムをオープンアクセス方式へと変更することを標榜していますが、私たちはジャーナルから離れることこそが必要だと主張しています。なぜなら、デジタル時代においては、読み手が研究成果を探す際にジャーナルの存在はもはや不要となっています。評価指標として関連付けられているジャーナル・ブランドやインパクトファクターに頼らなくても、ネット上の検索ができれば簡単に論文を見つけられるわけです。
その一方で書き手側からすると、被引用数などに基づく研究評価のためにジャーナルが必要とされています。しかし実際に必要なのは、誰かに妨げられて公開までに時間がかかるジャーナルへの投稿ではなく、研究結果をすぐに広く伝えられる仕組みです。そして評価とキュレーションは、公開・出版後に別々に行う。この仕組みであれば、評価が研究コミュニケーションに影響を与えたり、邪魔されたりすることはなくなります。
私たちが提供しているF1000 Researchは、研究を適時に適切な内容で伝えることができるプレプリントの利点と、ピアレビューによってその質が保証されるというジャーナルの利点とを融合した仕組みです。現在ジャーナルが担っているその他の重要なサービス――XML形式による書誌データ整備やアーカイブ化なども合わせて提供します。それをジャーナルという器の中でする必要はないので、それらのタスクを切り離すわけです。
興味深い取り組みです。ジャーナル以外の研究成果についてはどう考えておられますか。
レベッカ・ローレンス:F1000が対象とするのは、論文ジャーナルに限りません。私たちが「文書(Documents)」と呼んでいる論文ジャーナル以外の出版物、人文社会科学分野で編まれた報告書や、合意文書や白書、テクニカル・レポートなど、ピアレビューを必要としない出版物の領域にも注目しています。これらの文書は多くの場合、ウェブサイトにはあるものの隠されていて、引用することが難しい。ビル&メリンダ・ゲイツ財団やWHOなどの私たちが協力している多くのパートナーは、公開・出版された成果物が引用可能になって、DOIなどによって追跡できるようになることを切望しています。
私たちが開拓しようとしているもう一つの領域が書籍、学術書です。たとえばバージョン管理が可能なシステムがあれば、そこに学術書を登録して章ごとに公開して、適切と思われるタイミングで章を更新する。つまり「生きている本」をインターネット上で公開することができるわけです。
F1000 Researchには、研究者以外でも参加することはできるのでしょうか。
レベッカ・ローレンス:可能です。F1000 Researchでは、公開・出版する前に科学的な質について判断を下すことはしません。ですから、誰かが適当なことを言っているだけのものを公開・出版してしまわないように、「少なくとも1人の著者が広く知られた機関に所属する研究者で、その研究の内容と価値を示せなければならない」という基準を設けています。特に人文社会科学分野では、機関に所属しない在野研究者もたくさんおられますが、広く知られた機関に正式に所属する研究者の協力を得られれば公開・出版できるわけです。
研究機関に所属していないことが障壁とならずに成果を公開できれば、それは魅力的ですね。
重視されるのはあくまでも成果であって媒体ではない
オープンサイエンスをめぐる近年の様々な動きは、REF4にも影響していますか。
レベッカ・ローレンス:変化の兆しは感じます。前回のREFでも、「ジャーナル名を指標として使用しない」という方針は明確に示されていたのです。しかし多くの研究者たちは、『ネイチャー』などに載った論文を審査の際に提出しないというリスクを冒すことはなく、結局はみんな従来と同じことをしました。これを変えるには、繰り返し言い続けるしかないのかもしれません。著名誌での論文掲載のみに腐心する必要などなく、そんなことをせずに研究者として成功している例がある。そういった事例を強調して提示することで研究者に自信を持ってもらい、その不毛に自ら気づいてほしいと願っています。
私たちが研究支援団体であるWellcome Trustと協力してわかった重要な事実の一つは、彼らは発表媒体にはまったく興味がなく、研究成果そのものだけに注目する方針を貫いてきたということです。しかし、助成金の支出を決定する審査委員会の場でスタッフが方針を明確に示し、「特定の雑誌に載った業績を強調することは研究者が本来すべきことではない」といくら主張しても、審査する側はその姿勢を変えません。
ここで注目すべきなのは、審査される側も審査する側もともに研究者で、ある程度重なっているという事実です。彼らは自分たちがされた審査を、審査する側になったらやり返そうとする傾向がある。若手研究者の大多数はこのシステムの変更に熱心ですが、シニア研究者は一部をのぞいてそうでもない。シニア研究者に対する教育も必要だと思います。
本来のREFは、論文に限らず多様な成果提出を許すピアレビューが基本です。しかし結局のところ研究者は、著名誌に掲載された論文などを出そうとするのですね。
レベッカ・ローレンス:そうです。次回のREFでは研究者たちが自信を持った姿を見せてくれることを期待していますが、変わるにはまだ時間が必要かもしれませんね。
Open Research Centralの取り組みと研究評価の未来
F1000が最初に取り組んだのは論文の推薦だと聞きましたが、それはどのようなものですか。
レベッカ・ローレンス:F1000を立ち上げたのは2000年のことで、文献を読んで、真に興味深く重要な論文を特定して推薦できる人を集めてこの取り組みを始めました。各分野の様々な文献にまたがった質的ピアレビューによって、既存の研究評価を代替する測定基準を提供することを目指してこの仕組みを設計したのです。いまではオープン・ピアレビューのプラットフォームとして、多くの機関や研究者がこの仕組みを利用しています。
ご存じのように、オープンアクセスを義務づけるプランSによって、学会の収入確保が困難になってきています。しかし、学会はその特定の分野の専門家集団ですから、出版・公開後の様々なキュレーションを行える理想的な立場にあるわけです。その役割を担うことで代替収入源が確保できれば、価値あるサービスを提供できると考えています。
F1000のような方法が市場で主流になると、ジャーナルのランキングをコントロールしている、またはそれらから恩恵を受けているエルゼビアのような巨大な出版社はどうなりますか。
レベッカ・ローレンス:私たちはジャーナルから距離を置くことを主張していますが、これは必ずしも出版社から離れることを意味しません。私たちが主張しているのは、出版社は論文の良し悪しを判断するゲートキーパーではなく、サービス・プロバイダであるべきだということです。これがOpen Research Centralの背景にある考え方です。このオープン・リサーチ・パブリッシングのシステムの核となる基本原則は、①オープンアクセス、②公正なデータ、③即時性を持った刊行、④透明度の高いピアレビューなどです。Open Research Central自体は非営利の学術出版プラットフォームで、それとは独立したかたちで、学術システムに関わる多様な利害関係者の代表が参加する出版委員会を設けています。
著者としてOpen Research Centralにアクセスすると、「どこから資金を提供された研究なのか、どこに拠点を置いているのか、主題は何か」といったことに基づいて、出版するプラットフォームを選ぶことになります。その際、選択肢にあがるサービス提供者の多くは出版社ですが、中には出版社ではなくOpen Research Central上で出版できるサービスを提供するサプライヤーもあります。この仕組みに参加するサプライヤーは、Open Research Centralに準拠するようにサービスをカスタマイズして提供します。この出版プラットフォームは、いわばアプリ・ストアのようなもので、出版社あるいはサプライヤーは、サービスや価格などに基づいて、著者や論文をめぐって互いに競うことになります。将来的には、あるグループはピアレビューを、別のグループは書誌情報の整備など、様々なサービスを提供するサプライヤーが集まって、著者や研究成果をめぐって激しく競争する市場が生まれると思います。各分野に特化した多様なグループが登場するのは容易に想像がつくでしょう。エルゼビアやPLOSなどの大手出版社も、これと同じことができない理由はありません。
ジャーナル出版にリンクしていたすべてのサービスが個別に分化されていくわけですね。
レベッカ・ローレンス:そうですね。ここで重要なのは、資金提供機関や研究機関、出版社、研究者の代表といった利害関係者が、オープン・リサーチ・パブリッシングの考え方こそ研究者が遵守すべきコアの原則だと合意することです。私はこれが研究評価と成果公開のシステムを変える第一歩だと考えています。出版社は最終的に学術コミュニティの要求に従うはずです。同じプラットフォーム内で刊行されるので被引用数などは重要ではなくなりますから、おそらく研究者が新鮮なアイデアを提示して、新たな研究評価の指標が作成されるでしょう。
ヨーロッパでは、すでにそれに向けた変化が起こっているわけですね。
レベッカ・ローレンス:一部の資金提供機関は変化の可能性を見せています。たとえば、公衆衛生上の緊急事態に際しては、資金提供機関が調査結果をただちに公開すべきと主張することも想定されます。肯定的であれ否定的であれ、すぐに参照できるデータが特定の場所に存在する必要がありますし、スピードが重要だからこそ透明度の高いピアレビューが必要になる。私はこの考え方こそが、システムの変革を推し進めると考えています。
オープンアクセスの例を考えるとわかりやすいと思います。それはゆっくりと始まりましたが、NIHやWellcomeなどの機関が「資金を得た研究成果はオープンアクセスで公開しなければならない」と決めて以降、一気に拡大しました。同じように、研究評価システムがひっくり返るような未来が想像できませんか。
想像できますし、実際に起こってほしいですね。
オープンサイエンスに不可欠な研究者の理解
オープンサイエンス・ポリシー・プラットフォームの取り組みについて教えてください。
レベッカ・ローレンス:私が参加しているオープンサイエンス・ポリシー・プラットフォーム は、ヨーロッパ全体としてオープンサイエンスを推進するためのポリシーの策定について、欧州委員会に助言するグループです。多様な利害関係者を一つに集めた点がユニークで、大学関係者、資金提供者、出版者、社会の代表、みんなが参加しています。それぞれが異なる視点、異なる課題を抱えているので、各者間のポリシーを調整することはかなり困難ですが、それに挑戦し、コンセンサスを得ようとしています。
欧州同様アジアも多様です。アジアのオープンサイエンスに関して意見を聞かせてください。
レベッカ・ローレンス:アジアの動向については、やはり中国が大きな影響力を持つでしょう。もし中国がシフトすれば事態は急速に変わるはずです。現在インドはこの方向にシフトし始めていますので、そのまま実現することを願っています。
2019年9月に、科学技術データ委員会(CODATA)の会議が北京で開催されます。そこではヨーロッパ、米国、中国、アジア、アフリカの主要会議から成るパネルを組織して、どうすればオープンサイエンスのグローバルな相乗効果を生み出すことができるのかについて議論する予定です。
なお、ポリシーを調整してオープンサイエンスの相乗効果を得る際には、中立的な存在が重要です。それがない状態で、ある当事者が他の当事者をリードしているように感じられる場合、後者は決して快適に思うことはありません。全構成員が平等な協議の場にいると感じられるためには中立的な存在が不可欠です。これについては国連がオープンサイエンスへのシフトに興味を持っているので、サポートが可能かもしれません。
オープンサイエンスを推進する際には、何よりも研究者たちが研究をするのに快適だと感じることこそが重要だと考えていますが、いかがでしょうか。
レベッカ・ローレンス:もちろんそうです。そしてできれば、オープンサイエンスが研究にどう影響を与えるのか、研究者自身にもある程度は考えてほしいですね。当然のことですが、研究者は自らの研究に集中したいわけです。オープンサイエンスについて話すと、「頼むから研究だけさせてくれ」と言われます。しかし研究者側に理解がなければその実現は難しい。私たちはその効用を十分に研究して知っていますから、なぜこれが有益だと考えるのか証拠を示し、説明する役割を担っています。それをし続けることで、研究者自身にとって有益だと感じられたら、自然とオープンサイエンスの方向に向かうはずです。
オープンサイエンスを進める際には、トップダウンではなく、ボトムアップ方式をお薦めしています。プランSで研究者たちはトップダウンを強いられました。その決定過程に研究者たちを関与させることができなかったからです。
京都大学の研究者はみんなトップダウンが嫌いなんです。(笑)
レベッカ・ローレンス:それはどの研究者も同じでしょう。(笑) まずは有効性をきちんと説明して、シフト・チェンジのプロセスに関与してもらう仕組みを作ることですね。
聞き手:佐々木 結/天野絵理子/神谷俊郎/鈴木 環/稲石奈津子(京都大学学術研究支援室);2019年6月19日インタビュー