解決のヒントをくれるのはこの人!
京都大学には産業界と大学研究の連携をそれぞれの組織の中に入って進めて来られた先生がいます。産学連携研究でこのところどんなことが起こっているのか、何がこれからの課題なのか、お伺いしました。
桑島修一郎(くわじましゅういちろう)
京都大学産官学連携本部特任教授 総合専門業務室首席専門業務職員
2002年九州大学大学院理学研究科物理学専攻博士課程修了。博士(理学)。産業技術総合研究所、物質・材料研究機構、京都大学化学研究所研究員を経て、2005年より京都大学大学院工学研究科科学技術振興助手、2008年同講師。2009年同大学産官学連携センター准教授。2010年経済産業省産業技術環境局産業技術政策課技術戦略政策官。2013年より京都大学総合専門業務室首席専門業務職員兼産官学連携本部特任教授。その他、2017年より研究・イノベーション学会理事(総務担当)。
自分の研究を磨く毎日の鏡のような存在として活用してほしい
桑島:まず、大学研究者と産業界の関係は変わる時期だろうと思っています。特に、上は教授で下は学生、学会では知り合いばっかりという、いわゆる蛸壺のような状態にあると感じるのなら、ぜひ産業界を自分の研究の鏡のような存在として、ある意味間(ま)をおくような感じで色々な業種の企業とお付き合いされることをお勧めします。ただ、そのような関係性を築く際、企業と直接やり取りされる前にバッファーとなるような人を介すというやり方を提案したい。
産学連携研究(産連)はすぐに役に立たなければいけない、とか企業や社会に貢献するものでなければいけないとか、勝手にハードルを高くしているところもあると思います。そういう偏見を変えていくためにも、バッファーになる人は企業のことも大学のことも熟知して、研究のストレスやそもそも何をやりたいだとかを気軽に相談される役割を果たすことが企業と大学双方に有意義な産学連携に繋がると考えています。
確かに、研究コミュニティしか知らない人と産業界の人とが直接やりとりすると接点が矮小化しがちです。自分の研究の視野を拡げるためには、バッファーになる人をおいて産業界と付き合っていくことも考えられますね。
今の産業界は大学研究者に「ほんとうに」学理探求を求めている
産業界もうまくアピールできていなくて、最近は企業も先生方に対して「ほんとうに」学理探求を求めているのに、大学の研究者の方々もそれをあまり理解していないかもしれないと感じています。昨今、本当の基礎から研究開発を行っている企業は少なくなっていますし、何がわからないのかという課題自体を見つけることすら企業では難しいと言われているようです。そういう意味では、企業が大学に期待していることは、以前より変化しているように思います。
逆に研究者側で考えてみると、視野を広げる目的で産連を進める手はあります。でも、実際に自分の研究に産学連携をどう組み込んでいくのかとなると難しい。どんなところから始めたらいいのでしょうか。
桑島:産業界に対して、良い意味で批判的な眼を養う、例えば産業界の研究の中で課題とか疑問はないですか、という問いかけを大学の研究者のほうからしてはどうでしょうか。
企業の要望に答えつつ、原理のところについては新しく紐解いて論文化している研究者もいます。企業の研究を素材として批判的にみることで自分の研究にするという逆のスキームですね。ある意味、企業の研究に対する批判的な眼を若いうちに養うことができそうですよね。一つ感じるのは、私がこれまでみているだけでも、産学の関係はずいぶん変わってきていて、今後もさらに変わっていくのではないか、ということです。大学の特に若手の研究者はこの先独立できるかわからないといった心配もあるでしょうし、企業との関係もどうなるかわからないという環境の中では、若い人は産学連携になかなか踏み出せないのだと思います。
桑島:今この瞬間の国の研究に対する投資状況とかを勘案して思うのは、自分がやりたい研究に、変なノイズとかを気にせず取り組めるのは、むしろ産業界からの投資も一つの手段じゃないかなということです。科学研究費補助金は好きな研究ができるというんで、身内同士で何とか公平にやろうとしているけど、国の一事業に過ぎないし、採択率の低さや大学間の偏在やなかなか思うようにやるには大変でしょう。一方で、マクロに見れば日本の産業界は巨大な研究開発予算を消費しているが、未だ自分たちに必要な基礎研究への投資の考え方は十分に定まっていないようにも見えます。
企業訪問をして、若手研究者が自分の研究発表をしてフィードバックをもらったり企業もアイデアをもらったりという事業もありますね。
桑島:10年、20年先に産業の芽になるような基礎研究であっても、最初は間違ってても良いので、そのインパクトの大きさを伝えること、そして考え抜かれた道筋を示すことができれば、賛同してくれる企業は多いと思います。
企業側で大学の研究者を育てていこうというマインドはあるのか
その関係性についてですが、企業側で大学研究者を育てていこうというようなマインドはあるのでしょうか。CSR1やSDGs2を掲げて大学に貢献したいという企業も増えていますね。
桑島:SDGsに関していえば国内の企業は本音のところでは引けていると思います。企業の研究者も成果を出さないと予算を切られるから、社内での生き残りのために大学を利用しようという場合もあります。また、そもそも最近のSDGsの動きっていうのも、結局は先進国を中心に資本主義の限界にぶち当たっていて、これまでのように世界中から安定的な利益を確保することが難しくなったことによる、その反動だろうと僕は見ています。そうすると国も慌ててSociety5.03とSDGsの関係性を見直してみたり、それにつられて産業界も自分たちの利益を取りこぼさないようにと大学に近づいてきたりする場合がある。若い研究者の場合は特に、こうした外形的なケースかどうかの見極めをバッファーになる人材と一緒にやった方が良いし、研究の実装に向けて未熟なところの指摘も合わせてできるといいんだろうと思っています。
マッチングさえ行けばうまくいく、という過去の成功体験になってしまっている
産学連携のきっかけづくりとして、大学の研究シーズに対するマッチングイベントがありますね。
桑島:連携に繋がる可能性で言えば、僕はそのスタイルには期待できないと思っています。マッチングさえ上手くいけば後もすべてうまくいく、というのはもはや過去の成功体験になってしまっています。マッチングならコンピューターの条件設定でできてしまう話だし、わざわざ話をするような機会がないとその研究を知らなかったような企業は本気でないでしょう。仮にそうした企業と共同研究などに発展したとしても、障壁にぶち当たるごとに自分たちの頭は使わず大学に別の要求をしてくる可能性が高い。お金を出しているから当然だという企業も多いかもしれません。とはいえ、企業の研究開発環境もいろんな問題を抱えていることを考えると、いきなり大学のシーズと企業のニーズを点と点でつなぐアプローチよりも、まずは大学のシーズを俯瞰的に眺めながら対話を重ねるとか、共同研究以外の別の考え方もあるかもしれない、ということを時間をかけて伝える、というようなアプローチが向いているんじゃないでしょうか。
分野や時間軸のギャップをどうやって埋めるか
産業界からは、大学の研究シーズを取り込みたいという期待は以前よりありますが、最近ではそれ以外にも、例えば未来社会のシナリオづくりを大学に求めるといった動きもあります。また、企業のニーズに応じて始めるのではなく、大学からシーズを伝えプロジェクトを提案するということも海外ではあるようですね。
桑島:京大の産学連携というと、2010年代始め頃までは企業から「こんなことやりたい」という問い合わせがあると、部局に振り分けて個別の共同研究を検討してもらうのが主流でした。それが企業側も「そもそも何をやるべきか?」というところからのニーズが高まってきて、大学内でも組織的に異分野融合に取り組むことになっていったんです。分野を横断した包括連携で進めていくことになった背景でもありますね。大学の研究者同士もお互いを知らないから、ワークショップをやったり、人を繋いだりと、僕も数年間は張り付きでやってます。でも結果、いま思うのは、バッファーになる人材が青写真を描けないといけないということです。
描いた青写真は、研究者にはどう繋げればよいのでしょうか。
桑島:青写真といっても様々な角度から検討された、かなりしっかりとしたグランドデザインであることが大前提で、さらにそこに埋め込むべき研究の要素分解が必要です。研究者側にしてみればすでに自身の研究プランがある中で、産業界と新たな案件に取り組む意義が本当にあるのか?が重要で、バッファー人材はそこを示すことができるかが鍵です。一方で、最初から特定の研究シーズや研究分野ありきで構想すると、それらを過大評価してしまう可能性もあり逆効果にもなります。
例えば今流行りのサイバーフィジカル4のようなテーマは、本来サイバーとフィジカルを繋ぐところが重要なのに、サイバーは情報系、フィジカルはものづくり系といった具合にまずはそれぞれ既存の研究分野に割り振って、肝心の接続のところは「連携」などといった曖昧な概念で有耶無耶にしているところもあるんじゃないでしょうか。
このように考えると、時代時代で特定の研究分野が重点化されたりしますがあまり本質的ではなく、特に京大の場合は、若い研究者から著名な教授まで分野を問わず大変ユニークな研究をされており、多様なデザインが可能と思います。従って、バッファー人材はその研究の当事者である研究者自身と同等と言わないまでも研究の本質を理解する能力が必要であり、さらにできれば研究者側からも、僕たちのようなバッファー人材が提示する青写真に遠慮なく駄目出ししていただいて、僕たちのプロデュース力も磨かれるような関係性を作ることができるのが理想です。
( 聞き手 伊藤健雄 )
1経営者は企業を社会的存在として運営していく責任を負っている。単なる法令順守という意味以上に、様々な社会のニーズを、価値創造、市場創造に結びつけ企業と市場の相乗的発展を図ることが求められる。
出典(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」
2持続可能な開発目標。2015年に達成期限を迎えるミレニアム開発目標の後継となる、環境と開発問題に関する新たな世界目標。2012年6月の国連持続可能な開発会議で策定の開始が合意された。
出典(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」
3サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(Society)狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続く、新たな社会を指すもので、第5期科学技術基本計画において我が国が目指すべき未来社会の姿として提唱された。出典 内閣府HP (https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/index.html)
4実世界(フィジカル空間)にある多様なデータをセンサーネットワーク等で収集し、サイバー空間で大規模データ処理技術等を駆使して分析/知識化を行い、そこで創出した情報/価値によって、産業の活性化や社会問題の解決を図っていくもの 出典 JEITA 一般社団法人電子情報技術産業協会 HPより(https://www.jeita.or.jp/cps/about/)